「喪失体験」が引き金に?【なぜ高齢になるとうつが増えるのか】精神科医の和田秀樹先生

前頭葉機能の老化とうつ病の関係

高齢者がうつ病になりやすい理由には、脳の前頭葉の機能の低下も考えられます。実は、脳の中でいちばん早く老化現象が起こるのは前頭葉だといわれています。
言語機能を司る側頭葉や、計算や図形の処理の中枢である頭頂葉は、70代位まではほとんど衰えません。それに比べて前頭葉は、CTやMRIなどの検査画像で見ると、40代位から徐々に縮み始めていることが分かります。そして、その頃から意欲だとか、新しい環境への適応力とか、感情のコントロールや創造性のような前頭葉が司るとされている機能が衰え始めるのです。

歳を取るほどに、頑張って出世しようとか、異性にもてたいというような意欲が衰えてしまったように感じたことがある人は多いことでしょう。感情のコントロールがうまくできなくなり、一度怒りだすと止めることができず、まるで暴走老人のようになってしまう人もいます。歳を取ってもクリエイティブで居続けられる人は、それほど多くありません。

前頭葉が衰えてくると、新しい環境や想定外の体験が脳の負担となるので、それを避けようとします。すると、前例踏襲型の生活パターンに陥りやすくなります。例えば、行きつけの店にしか行かなくなったり、同じ著者の本しか読まなくなったりするのです。
歳を取って心身が衰えてきても、自分に課したルールを変えることができず、そのためにルールが守れなくなると、強く自分を責めるようになります。それがうつ病の原因となるわけです。

前頭葉の機能が低下することの主な問題は、意欲がなくなること、感情のコントロールが悪くなること、そして思い込みが変えられない、いわゆる頭が固くなることだと私は考えています。このことについてとその予防法は『不老脳』(新潮新書)という本に書きましたが、この全てがうつ病に関連するのです。

感情のコントロールも前頭葉の役割

意欲がなくなることは、うつ病と間違えられやすい症状です。しかし、単に前頭葉が老化して意欲が少しずつ衰える場合は、睡眠障害や食欲の障害などは現れません。気分が落ち込むとか、身体がだるいとか、その手の症状もあまり起こりません。また、うつ病の場合は急に意欲が衰えるのに対し、脳の老化による場合では、少しずつ意欲が衰えていきます。

うつ病と間違えられやすい意欲低下と違い、前頭葉の機能が低下して、感情のコントロールが悪くなることでうつ病に陥ることは、意外にあります。
暴走老人と言われる人が、例えば店員を怒鳴りつけたり、市役所の職員に対して激昂したり、あるいは、駅員を傘で殴りつけたりといったニュースが時に起こりますが、暴走しているときは、自分が正義だと思い込み、悪いことをしているという自覚がないことは、通常みられるパターンです。

しかし、トラブルを起こした後は、記憶もしっかり残っていますし、やったことの重大性を周囲から責められて、落ち込むことは珍しくありません。暴走老人というと反社会的なイメージを持たれがちですが、実は、まじめでルールにこだわる人が多く、「客を待たせる」とか、「税金で雇われているのに対応が悪い」など、相手が自分の規範に従わないと思うせいで怒り狂ってしまうのです。こういう人が、自分も反社会的な行為に及んだのだということを自覚すると、かなり落ち込むものです。

ついでにいうと、高齢になってからの脳内でのセロトニン分泌の低下も、暴走老人に関わっていると私は考えています。脳内のセロトニンが減ると、イライラしやすくなるからです。セロトニンが大幅に減るとうつ病になるわけですが、うつ病の中でも焦燥感が強いタイプがあります。"イライラ"というより、"じれじれ"として、いてもたってもいられない気分になるのです。最悪、突発的に自殺をしようとすることもあるので、精神科医はこの症状には特に注意を払います。

「かくあるべし」という思い込みが自分を追い詰める

こういった前頭葉の老化のさまざまな症状の中で、最もうつ病に関連するのは、頭が固くなる、つまり思い込みが激しく、その修正が利かないことだと私は思います。こういう人が、上の立場にいると老害と言われますし、配偶者や子どもたちにいろいろなことを押し付けてトラブルの元となるのですが、その思い込みや「かくあるべし」と思っていることを、自分ができなくなると落ち込むことが多いのです。あるいは、自分を激しく責めて、うつ病になったり、最悪、自殺につながったりします。

「うつ病になりやすい心に悪いものの考え方」=「不適応思考」を紹介していきますが、この手の不適応思考は、前頭葉が老化してくると余計にひどくなり、矯正が難しくなることが多くみられます。逆にこういった思考を矯正できたら、うつ病になりにくくなるわけですが...。物事に対してフレキシブルに対応できないことがうつ病へとつながるわけですが、高齢になるほど前頭葉の機能が落ちるため、より一層そうなれないのです。

いずれにせよ、歳をとるほどうつ病のリスクは上がります。ただ、いろいろな心理要因があっても、高齢者の場合はセロトニンを足してあげると、かなり改善することが多いものです。やはり、早期発見、早期治療で早めに医師にかかることは、あえておすすめしておきたいと思います。

【今回のまとめ】

・セロトニンを増やす薬でうつ病の症状は改善する。
・高齢者のうつ病では、「強い不安」が生じることが多い。
・さまざまな「喪失体験」がうつ病の引き金になる。

構成/寳田真由美(オフィス・エム) イラスト/たつみなつこ

 

<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

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(和田秀樹/KADOKAWA)

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