「喪失体験」が引き金に?【なぜ高齢になるとうつが増えるのか】精神科医の和田秀樹先生

認知症やがん、病への不安は知識不足のせいも

高齢者が抱える不安の中で最も大きいのは、前述のとおり、死への不安です。次に、病への不安があります。

「コロナにうつりたくない」という人の中には、死ぬのは怖くないが、「人にうつすと迷惑をかけるから」という人もたくさんいました。私の母もそのようなことを言っていました。人に迷惑をかける病気の最たるものとして、お年寄りに恐れられているのが、認知症です。実は認知症になっても、人が考えるほど周りの人が迷惑だと感じる行動をとる人は多くはありませんし、急に何もできなくなる病気ではありません。正しい知識が普及していないために、ボケたくだけはないという人が少なくないようです。

苦しみへの不安もあるでしょう。高齢者のがんの治療は、体力を落とすことが多い上に、進行も遅いので、私はむしろ反対派なのですが、死への恐怖から積極的に治療をする人が多いのも確かです。多くの人ががんを恐れる理由として、苦しい病気だと思われていることがあります。実はがんというのは、手遅れになるまで見つからないことが多いように、医療を受けなければ、苦しむことの少ない病気です。高齢者の場合、医療を受けることによって、例えば化学療法の副作用が強く出たり、手術後の衰弱がひどかったりと、逆に苦しむ人は少なくありません。そういう姿を間近で見ていると、がんにだけはなりたくないと思う気持ちはよく分かります。

私が昔勤務していた病院では、年間100人位の高齢者の解剖を行っていましたが、85歳以上の人全員に身体のどこかにがんがありました。しかし、死因ががんだった人はその3分の1でした。3分の2は、がんにかかっていることを知らないままに死んでいるということです。こういう知識がもう少し広まれば、がんへの恐怖も少しは楽になるかもしれません。

寝たきりになっても楽しみは見つけられる

寝たきりになることへの恐怖も強いように感じます。ただ、私はおびただしい数の寝たきりの患者さんを診てきましたが、うつ病の患者さんを除いて、「早く死にたい」とか、「殺してほしい」というようなことを口にする人はめったにいません。時には笑顔になることもあるし、見舞いを喜んだりもします。なってみたら慣れるというか、なったらなったで、楽しめることがあるように思えてなりません。

これからメタバース(※)のような仮想空間でできることなどがさらに普及すると、寝たきりになってからの楽しみはもっと増えることでしょう。ただ、そうなる前の不安はかなり強いのだろうと思われます。

※インターネット上の仮想空間のこと。

 

<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

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『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』

(和田秀樹/KADOKAWA)

1078 円(税込)

幸福な高齢者になるには、65歳からおとずれる「老人性うつ病」の壁を乗り越えることが必須。30年以上にわたって高齢者の精神医療に携わってきた著者が教える「うつに強い人間になって、人生を楽しむための一冊」。

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