「喪失体験」が引き金に?【なぜ高齢になるとうつが増えるのか】精神科医の和田秀樹先生

孤独や自己喪失、ものがなくなることへの不安も

喪失の不安というものもあります。前述のように高齢者は数々の喪失を体験するわけですが、そうなる前の不安が強い人もかなりの数でいるようです。

普段から配偶者に頼り切っている人は、もしもその人が死んでしまったらどうしようと不安になります。さらに、孤独になる不安を強く感じている人も少なくありません。現在一人暮らしをしている高齢者は700万人を超えており、そのほとんどが大きな問題なく暮らすことができています。案ずるより産むが易しという側面があるのですが、そうなる前には、孤独になることへの不安が多くの高齢者にのしかかっているのです。

自分が自分でなくなるという自己の喪失の不安もあります。認知症になる不安とか、寝たきりになる不安というのは、元の自分でなくなることへの不安も大きいのでしょう。ものを失うという点では、財産や大切なものを失う不安も大きいようです。高齢者は振り込み詐欺にあいやすいといわれていますが、逆に過度に警戒心が強い人も少なくありません。貧乏になる不安から、十分に年金があるのにお金を使うことができない人もたくさんいます。何でもため込んで家がごみ屋敷のようになってしまう人もいます。周囲からみたら、いつでも買えるようなものでも、盗られてはいけないからと必要以上に大切にしまい込む人もいます。エスカレートすると、その品物が見つからなかった時点で「盗られた」といって警察に電話をかけたりする、物盗られ妄想が生じることもあります。
他にもさまざまな不安があるでしょうし、おそらくは他の年代より高齢者のほうが不安の種も多いのでしょう。

高齢期の不安はうつ病の大きな引き金に

脳内の神経伝達物質の一つであるセロトニンが減ってくることでも、不安を強く感じやすくなります。実際、昔は不安が強い人に精神安定剤を処方していたのですが、いまは脳内のセロトニンを増やす薬を処方すると、不安のテンションが下がることが多くみられるのです。逆にいうと、同じことを不安に思うにしても、セロトニンが足りなくなるとそのテンションが上がることになります。

「不安が強くなる→セロトニンが減ってくる→余計に不安が強くなる」という悪循環を繰り返すうちに、セロトニンが本格的に足りなくなり、うつ病になってしまうというわけです。また、不安が強いと、夜眠れなくなったり、食欲が落ちることでセロトニンの材料となるたんぱく質が足りなくなったりして、さらにうつ病のリスクが増すのです。
いずれにせよ、高齢者が陥りやすく、立ち直りにくい不安感は、うつ病の元になるということを知っておいていただきたいのです。

【セロトニンの減少と不安感】
高齢になってセロトニンが減ると、不安感が大きくなりやすいようです。

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<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

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『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』

(和田秀樹/KADOKAWA)

1078 円(税込)

幸福な高齢者になるには、65歳からおとずれる「老人性うつ病」の壁を乗り越えることが必須。30年以上にわたって高齢者の精神医療に携わってきた著者が教える「うつに強い人間になって、人生を楽しむための一冊」。

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