家族が「老人性うつ病」になったらやるべきこと。精神科医の和田秀樹先生が解説

自殺をさせないために重要な家族の仕事

うつ病という病気で、一番あってはならないことであるのに、かなり多い結末が自殺です。一般的にうつ病の患者さんの1割くらいが実際に自殺を試み、1%くらいが本当に自殺を遂げてしまうとされています。本当に亡くなってしまった場合、家族の方がPTSD(※心的外傷後ストレス障害)のようになってしまったり、そこまでいかなくても相当なトラウマを受ける可能性があります。あるいは、罪悪感に苛まれることもあるでしょう。

実際、親や配偶者の自殺の後、うつ病になってしまう人は少なくありません。高齢者の場合、亡くなったからといって、収入などの物理的な問題は少ないかもしれませんが、やはり心理面の影響は大きいものです。

自殺を図って、亡くならなかったとしても、かなり重い後遺症が残ることは珍しくありません。高齢者の場合、大量に睡眠導入剤のような向精神薬を服用した場合、若い人と比べ物にならない後遺症が残り、意識障害が続いたり、ボケたようになってしまうことも珍しくありません。あるいは、飛び降りやその他の方法で自殺を試み、一命をとりとめたとしても、骨折や硬膜下血腫になってしまい、その後、寝たきりや要介護状態になることは珍しくありません。

※ 死のレベルの心の傷を体験した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見ることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態。

(1)薬をきちんと飲んでいるか確認する

うつ病の人の3~5割の人は、「自殺したい」「早く死にたい」という気持ちをもっているとされますが、そういった気持ちを行動に結び付けないようにさせることが大切です。
一つ目の重要な自殺予防策は、抗うつ薬をきちんと服用しているかのチェックです。以前、紹介した新潟県の松之山町(現在の十日町市)のケースでも、地域の高齢者を精神科医療に結び付けるだけで7割以上の自殺の減少があったように、やはり薬の力には大きなものがあります。
一方で、高齢者の場合、間違えて1度に2回分、3回分の薬を飲んでしまった際の副作用も強いものになります。そのため、やはり家族による薬のチェックは大切なのです。

(2)身辺整理を始めたら危険信号

さて、うつ病の人は、かなりの確率で死にたいと思ったり、死を意識したりするものですが、その気持ちがだんだんと強くなってくると、それが行動や言葉に現れるものです。

例えば、身辺の整理です。「ちょっと大掃除をしないといけないと思って」などと言って、身辺のものを整理するのは、うつ病の人の場合、相当危険な信号と言えます。うつ病でない人だとしても、高齢者の場合のこういった行動には、一応気をつけたほうがいいですが。

特に、自殺という言葉を実際に口に出したり、「死にたい」という言葉が出てきた場合は、厳重な注意が必要です。「死にたいといって自殺した人はいない」「かまってほしいだけ」などと勝手なことを言う人がいますが、「自殺」を口にして自殺しない人は確かに大勢いますし、パーソナリティ障害の人には、しょっちゅう「自殺をする」と脅しをかけて周囲を振り回す人がいますが、うつ病の診断を受けていない人も含めて、自殺をほのめかす人のほうが、そうでない人と比べて、何十倍も自殺のリスクが高いのは事実なのです。

自殺を実際に口に出さなくても、危険信号と考えられるのは、次のような言葉です。

「いなくなりたい」
「早くお迎えがきてほしい」
「(亡くなった)お父さん(お母さん)のところへ行きたい」

あるいは、唐突に次のような改まった挨拶をするときもかなり危険です。

「息子(娘)のことを今後もよろしくお願いいたします」
「お世話になりました」

他に、行動面で次のようなことが見られるようになった際も要注意です。

・思い出の場所を尋ねる
・不自然なくらい、明るくふるまう
・勝手に治療を中断してしまう
・感情が不安定になったり、怒りっぽくなる
・ささいなことでトラブルを起こす
・酒量が増える

この中で、「勝手に治療を中断してしまった」という場合は、「治療がうまくいっていない」と本人が思っていて、「もう自分は治らない」とやけを起こしている可能性が高く、意外と危険なサインなのです。

(3)自殺を防ぐために効果的な声掛け

では、このような言葉や行動が出た場合に、家族はどう接したらいいのでしょうか? まずは、この手の話から逃げないことです。「そんなこと言わないで」のひと言は、優しさから出た言葉でも、「やはり自分は邪魔な人間なのだ」と思ってしまう可能性があるからです。
若い人でもそうなのですが、こういう場合は、「どうしたの?」「いつもと違うよ」というような感じで、こちらが聞く姿勢を示すのが原則です。そのうえで次のような言葉をかけるといいでしょう。

・あなたには、生きていてほしい。絶対に死なないでほしい
・あなたは、私にも、家族にも、とても大切な人なので、とにかく生きていてほしい
・あなたが生きているだけで幸せ。あなたはいるだけでいい
・あなたが死んだら、私はとても悲しい
・自殺したいと思うのは病気のため。必ず治る病気なんだから
・自殺しないと約束してほしい

このような言葉をいきなり伝えるより、まずは徹底的に話を聞いて、会話の中に入れられるタイミングで言うようにするといいでしょう。

これまで上げてきた言葉や行動が出るといった緊急時には、主治医と相談して入院を考えてもいいですし、入院しない、あるいは本人が拒否する場合は、なるべく一人にさせておかない、窓のカギをしめておく、ひもや刃物は探さないと見つからないような場所に置くなど、少しでも自殺のリスクを下げることが大切です。

万が一、まだ医者に行っていないという場合は、徹底的に話を聞いてから、「やっぱりいつもと違って、おかしいよ。一緒に行くので、医者に話を聞いてもらいましょう」というようにして、医者に連れて行くようにするといいと思います。これも話を十分聞いてからでないと、逆効果になることもあるので気をつけてください。

高齢者のうつ病というのは、何度も書いてきましたが、薬の効きやすい病気です。この時期を乗り切って、死ぬことさえ避けられれば、かなりの確率で1~2年で元の状態に戻ることが期待できます。とにかく、全身全霊で自殺を食い止めてください。

 

<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

61ddlHZOjIL._SL1500_.jpg

『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』

(和田秀樹/KADOKAWA)

1078 円(税込)

幸福な高齢者になるには、65歳からおとずれる「老人性うつ病」の壁を乗り越えることが必須。30年以上にわたって高齢者の精神医療に携わってきた著者が教える「うつに強い人間になって、人生を楽しむための一冊」。

※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

この記事に関連する「健康」のキーワード

PAGE TOP