高齢者の「うつ病」に有効な治療法を、神科医の和田秀樹先生が解説

(3)光療法

欧米で冬季に多く見られる季節性うつ病の治療に、「光療法」があります。緯度の高い北欧では、冬場になると日照時間がゼロという地域があります。そこまでいかなくても、日照時間が極端に少ない地域では、冬場になるとうつ病になる人が、かなり多くいるのです。また、日本人と違い、欧米の人は、薄暗い間接照明が好きなので、家にこもっていると光に当たる量がずいぶんと少なくなります。

これらに対して、室内灯の5~10倍ある高照度(2500~5000ルクス)の光を目から取り入れる治療が「高照度光療法」です。2500ルクスの場合は2時間程度、5000ルクスだと1時間程度が目安ですが、人によって効き方は違います。

光療法は、睡眠リズムを改善する作用があります。使用するライトは、アマゾンで数千円から買えるものがあるので、うつ病でなくても、睡眠に悩んでいる方などは試してみる価値がありそうです。いずれにせよ、うつ病の治療のバリエーションが広がってきているのは確かだと言えます。高齢者のうつ病の場合、医療が介入することで治る確率が高いので、あれこれと試す姿勢を大事にしてください。

うつ病の大きな原因は、脳のソフトウェアにある?

薬物であれ、ECTであれ、生物学的治療といわれるものは、脳のハードウェアを治療しようというもので、数週間から数カ月のうちにかなり良くなることが多いものです。特に高齢者にはその傾向が多く見られますが、残念ながらうつ病の場合、再発が多いという問題点があります。

ある統計によれば、初発(初めての発症)から5年以内で40%、最終的には60%が再発するといわれています。高齢者の場合、それまでうつになったことがない人が、年齢を重ねてから発症することは珍しくありません。高齢者は若い人と比べてセロトニンが少ないので、薬物療法の場合、少量の薬でも長く使うことで、かなり再発を防ぐことができるというのが、私の印象です。

うつ病というのは、セロトニン不足やそれにまつわる脳由来神経栄養因子(BDNF)と呼ばれる物質の不足による神経細胞の傷つきなど、脳のハードウェアの故障であることは否定しませんが、脳の使い方や考え方の偏りなど、脳のソフトウェアの故障が大きな要因なのではないかと、私自身は考えています。

コンピュータサイエンスが発達してきて、例えば、パソコンの動作が突然停止して操作を受け付けなくなってしまったフリーズ状態に陥ったとき、いまでは、機械の故障というより、ソフトウェアの故障と考え、機械の部品の交換をしなくても、ある種の操作で治ることが多いでしょう。もちろん、熱を持ち過ぎたとか、電源の不具合のようなハードウェアが問題のケースもありますが、その場合でも機械本体の部品の交換が必要になることは稀です。

ここからは私の仮説ですが、脳でも、ソフトウェアの故障のために、フリーズしたような状態になってしまうことがあり得ます。具体的には、神経伝達物質の異常が起こるということです。つまり、セロトニン不足がうつ病の原因なのではなく、脳のソフトウェアの故障によって生じたセロトニンの減少によって、うつ病が起こるのではないかということです。ただ、セロトニンが減っている時に、薬でセロトニンを足してあげると精神状態がかなり良くなるのも確かです。

例えば、「風邪薬を発明したらノーベル賞」といわれるように、風邪のウィルスに直接効く薬はありません。ただ、風邪のウィルスによって引き起こされる熱や咳を止める薬はあります。風邪による症状を解熱剤や鎮咳剤で良くしてあげると、ウィルスは残っていてもかなり元気になります。そして、元気になったところで、免疫力で自己治癒をするというのが、風邪の治療のモデルです。もちろん、薬を使わなくても、自然治癒力のみで治ることもあります。ただ、薬を使った方が、回復が早いのが一般的です。

うつ病も同じで、脳のソフトウェアの故障で生じた、不安感や不眠や抑うつ気分に、薬でセロトニンを足してあげると、これらの症状がかなり落ち着きます。つらい症状が良くなった後は、自己回復力で治るのではないかと、私は考えています。ただ、ソフトウェアの故障を残したままだと、また嫌なことがあったり、ストレスがたまったりすると、セロトニンが減り、再び、うつ病になってしまうのです。

再発を防ぐには、カウンセリング治療が必要

一時的な症状の回復には薬などでの治療が有効ですが、うつ病そのものの治療にはなっていないというのが私の考え方です。ソフトウェアの故障の場合、薬では良くなりません。それを治すのが「精神療法」、いわゆる「カウンセリング治療」です。

例えば、「子どもが結婚して親元を離れ、寂しい状態になった」「定年退職後、友達がいなくて寂しい」「脳梗塞の後遺症で身体が不自由になった」「配偶者と死に別れた」など、高齢期にはさまざまなつらいことが起こります。それに対して、「もう自分は一生孤独だ」と考えるか、「孤独になったが、他にいい人と知り合える可能性はなくはない」と考えるかで気分はだいぶ違うでしょう。身体が不自由になった際、「もう昔の自分でない」「世間の厄介者になった」と考えるか、「身体は不自由だが、頭はまだしっかりしているし、できることはある」と考えるかでも違うはずです。

うつ病というのは、将来起こることを決めつけたり、完全でない自分はダメだと考えたり、世の中の人を敵か味方かに分けてグレーが認められないというような、「うつ病になりやすい思考パターン」の人に起こりやすいものです。これを私はソフトウェアの故障なのだと考えています。

「以前は体力と根性で乗り越えられたものが、だんだんできなくなる」「会社にいる頃はうまく人間関係を築けていた人が、新しい人間関係が作れない」など、それまでは脳のソフトウェアに故障があっても対応できていたものが、高齢になると、うつ病へとつながってしまうことも珍しくありません。
カウンセリング治療では、このような不適応な思考パターンを、もう少し現実的なものに変えていくこと、いろいろな考え方ができるようになることを目標にします。それができるとうつ病は治っていくし、再発もしにくくなります。

【今回のまとめ】

・高齢になってからのうつ病は、薬物療法がよく効く。
・抗うつ薬の種類はさまざま。効果と副作用を知って服用を。
・新しい薬は、セロトニンに作用するタイプが主流。副作用も少なめ。

構成/寳田真由美(オフィス・エム) イラスト/たつみなつこ

 

<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

61ddlHZOjIL._SL1500_.jpg

『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』

(和田秀樹/KADOKAWA)

1078 円(税込)

幸福な高齢者になるには、65歳からおとずれる「老人性うつ病」の壁を乗り越えることが必須。30年以上にわたって高齢者の精神医療に携わってきた著者が教える「うつに強い人間になって、人生を楽しむための一冊」。

※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

この記事に関連する「健康」のキーワード

PAGE TOP