高齢者の「うつ病」に有効な治療法を、神科医の和田秀樹先生が解説

症状に合わせた薬を選ぶということ

高齢になると、不定愁訴といって「体がだるい」「ふらふらする」「ドキドキする」などといった自律神経症状を訴えるケースが多くなります。こういった症状に対して、以前は、精神安定剤と呼ばれる薬が処方されていました。服用すると、確かに症状は良くなりますが、記憶障害や足のふらつきのような副作用が出やすいのが難点です。薬による足のふらつきが元で、転倒や骨折をしたら、それをきっかけに寝たきりになることさえあります。また、精神安定剤は癖になりやすいのも懸念されるところです。

こういう人にSSRIのような抗うつ剤を処方すると、症状が治まる人が半分くらいいます。高齢者は脳内の神経伝達物質であるセロトニンが足りていない人が多いのですが、薬でセロトニンを足してあげることで、嫌な症状が改善するのです。

高齢者の不眠の場合、若い人と違って、寝つきが悪いのではなく、夜中に何回も目を覚ますタイプの人が多く見られます。いまの睡眠導入剤といわれる薬のほとんどは、眠気が強く出るタイプの精神安定剤です。こういったタイプの薬は、寝つきは良くなるのですが、眠りを深くする効果はあまりありません。そのため、夜中に目が覚めるタイプの不眠には、それほど効果を期待できないものです。ところが、「足がふらつく」という副作用は精神安定剤と同様なので、夜中に目を覚まして寝床から起き上がり、ふらついて転んでしまうことが少なくありません。そういった意味で、高齢者にとって望ましい薬とは言えません。そこで、高齢者の不眠には、眠気が強く出るタイプの抗うつ剤を処方すると、夜中に目を覚ますことがなく、「よく眠れた」と喜ばれることが多いものです。

こういったケースの場合、高齢者には、うつ病になる前であっても、抗うつ剤を少なめに処方するという選択肢があってもいいのではないかと考えています。しかし、内科の先生方の間では、「不眠には睡眠導入剤という名の精神安定剤を処方する」という慣例が定着しているようで、残念に思っています。

薬以外には、どんな治療法があるのか?

(1)修正型通電療法(m-ECT)

薬物療法が進歩して、セロトニンを増やす薬ができたことで、うつ病は治る病気になったと思われましたが、薬が効きにくい人は確かにいます。あれこれと薬を試しても、2割くらいの人は効かないというのが私の印象です。

私がアメリカ留学中、高齢者のうつ病に効果的な治療法として知り、日本でも受けられるようになってきた治療に、「修正型通電療法(m-ECT)」があります。かつては電気ショック療法と呼ばれ、暴れる統合失調症の患者さんに懲罰的に使われたものですが、当時から、うつ病、特に自殺願望の強いうつ病によく効くとされていました。

ただ、治療の際、脳に電気をあててけいれんさせることで骨折などの事故が起こりやすい上に、患者さんにとっては恐怖感が強く、人権上問題があるということで、あまり使われなくなりました。しかしその後、なかなか治らないうつ病の患者さんや自殺願望がとても強い患者さん、薬で副作用が出やすい高齢の患者さんには、やはりこの電気ショック治療が有効だということになり、安全なやり方が模索されました。

その結果、筋弛緩剤を使ってけいれんを起こさないようにした上で、全身麻酔をすることで、恐怖感を覚えずに治療を受けられるよう修正をした電気ショック療法が開発されました。これを「修正型電気けいれん療法(Modified-Electroconvulsive Therapy、略してm-ECT)」と呼びます。けいれんを起こさないので、「修正型通電療法」と訳することもあります。英語ではやはりModified-Electroconvulsive Therapyなので、「電気けいれん療法」といった方がニュアンスは、近いかもしれません。

通常は週に2回ずつ、およそ8~12回施行されることが多く、治療期間中は入院が原則です。この治療は、いまだになぜ効くのか、明確な理由が分かっていないのですが、脳の奥の縫線核(ほうせんかく)という部分から、セロトニンが一気に放出されるという説が有力です。入院しなければいけないし、治療は大がかりですが、副作用がきわめて少ない上に、日本では健康保険が利きますし、高齢者への安全性も確立されているので、うつ病がなかなか治らないときに考えるべき治療と、私は考えています。

(2)TMS(経頭蓋磁気刺激)

TMS(経頭蓋磁気刺激・けいずがいじきしげき)治療とは、反復経頭蓋磁気刺激法(repetitive Transcranial Magnetic Stimulation)を略したもので、厳密にはrTMSと言います。

これは、脳に磁気刺激を与えて、神経細胞を刺激する治療ですが、ECTよりさらに安全な上、外来でも利用できるとあって、期待されている治療です。実はこれも、なぜ効くのかという明確な作用機序はよく分かっていませんが、「脳の偏桃体に働きかけて、その働きを良くするので、感情が安定するのではないか」という説が有力です。扁桃体は、ドーパミンなどの神経伝達物質を介して、感情の記憶や調整を行うと言われる、脳内で「情動の中枢」といわれる部分です。その他、前頭葉の働きを良くするという説もあります。いろいろな感情が安定するので、注意欠陥多動性障害(ADHD)や摂食障害(主に拒食症)などにも有効とされています。

この治療法は、効果の見られる人が3~4割しかいないこと、治療代が高価なことがネックでしたが、2019年6月から、いくつかの条件をクリアすれば健康保険が使えるようになったので、その条件に合う人は、一度試してみる価値があるでしょう。

 

<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

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『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』

(和田秀樹/KADOKAWA)

1078 円(税込)

幸福な高齢者になるには、65歳からおとずれる「老人性うつ病」の壁を乗り越えることが必須。30年以上にわたって高齢者の精神医療に携わってきた著者が教える「うつに強い人間になって、人生を楽しむための一冊」。

※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

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