高齢者の「うつ病」に有効な治療法を、神科医の和田秀樹先生が解説

初期の抗うつ薬は副作用の強さが難点に

高齢者のうつ病には、抗うつ薬がよく効くことが分かっています。一方で、大きな問題点がありました。それは薬の副作用が出やすいことです。抗うつ薬の代表的なものというと、以前は「三環系抗うつ薬」やその改良型といえる「四環系抗うつ薬」といわれるものでした。三環系抗うつ薬の第1号といえる「イミプラミン」は、もともと抗ヒスタミン薬(※2)の一種でしたが、偶然うつ病への効果が明らかになり、抗うつ薬として使われるように。しかし、抗コリン作用という薬理現象が起こりやすいものでした。抗コリン作用とは、アセチルコリンという神経伝達物質が、シナプスと呼ばれる神経のつなぎ目の部分で、後ろにあるアセチルコリン受容体に結合するのを阻害する作用のこと。つまり、前にある神経から後ろにある神経にアセチルコリンを送ろうとしても、弾かれてしまうのです。

一般的な抗コリン作用で起こる副作用としては、口の喝き、便秘、吐き気、排尿障害、眠気、立ちくらみ、食欲不振があります。特に、緑内障の患者さんには、眼圧を上げるので使ってはいけないことになっていますし、前立腺肥大のある患者さんでは、尿が出にくくなってしまいます。口の喝きや便秘などは、そもそも歳を取ると起こりやすい症状なので、抗コリン作用の強い薬は、歳を取るほど使いにくくなるのです。

アセチルコリンは脳でも働いており、記憶のために重要な神経伝達物質です。歳を取ると、抗コリン作用によって脳の活動が落ちてしまい、物忘れの原因になることもあります。こういったことから、三環系の抗うつ薬は、うつ病だと分かっていても使いにくいとされてきました。その後、1980年代に、「四環系抗うつ薬」と呼ばれる副作用を少なくした改良薬が出ましたが、効き目は前より弱いのに、副作用は、少なくとも高齢者には、これまでの三環系抗うつ薬と大して変わらないというのが、私たち精神科医の印象でした。

※2 体内でアレルギー症状を引き起こすヒスタミンという化学伝達物質の作用を抑えることで、症状を改善する薬。花粉症などの治療に使われる。

副作用の少ない新たな抗うつ薬の登場

続いて、80年代末のアメリカで、「SSRI」という画期的な薬が登場しました。SSRIとは、「Selective Serotonin Reuptake Inhibitor=選択的セロトニン再取り込み阻害薬」の略称です。

セロトニンは、神経細胞と神経細胞のつなぎ目であるシナプスという場所を通り、次の神経細胞に伝達されることで、幸せホルモンとしての効力を発揮します。ただ、神経細胞の末端にあるシナプスから、次の神経細胞へとセロトニンを送る際に、受ける側のシナプスが、セロトニンを取りこぼすことがあります。そのせいで受ける側の神経細胞が十分にセロトニンを受け取ることができないと、不安感が高まったり、イライラしたりします。セロトニンがあまりに不足したり、この状態が長く続いたりすると、うつ病になってしまうと考えられているのです。

さて、受ける側の神経細胞が取りこぼしたセロトニンはどうなるのかというと、元の神経細胞に再度取り込まれて、再びセロトニンを放出する準備に使われます。SSRIという薬は、元の神経細胞による再取り込みをブロックすることで、シナプス内にセロトニンが残るようにして、シナプス内のセロトニンの濃度を上げようというメカニズムの薬です。

これまでの抗うつ薬と違い、抗コリン作用がほとんどなく、お年寄りに使いやすいとされていましたが、アメリカではあまり報告されないのに日本では起きている副作用に、吐き気があります。日本人は、アメリカ人よりも胃腸が弱いせいのようです。その他、高齢者に多い副作用として、眠気もよく見受けられるというのが私の印象です。

SSRIは、アメリカではドリームドラッグとかハッピードラッグと言われており、日本でも1999年に利用可能となりました。実は、この薬を若い人に使うと、凶暴になったり、自殺願望が高まるケースがあります。実際、自殺が増えるという統計も出ています。さらに性質が悪いことに、自殺する際に「人を巻き添えにしてやろう」という気持ちを起こしたりもします。例えば、1999年の全日空機ハイジャック機長刺殺事件(※3)や2001年の附属池田小学校事件(※4)、2008年の秋葉原通り魔事件(※5)の犯人が服用していたことも知られており、使用には十分な注意が必要とされています。

ただ、私の知る限り、高齢者ではその手の副作用はほとんど起こっていません。薬を飲んだ方が、自殺率が下がることも分かっています。高齢者は脳内のセロトニンが減っていることが多いので、十分、価値のある薬だと私は信じています。実際、7~8割の人にはよく効くと感じています。

【セロトニン再取り込みのブロックとは】
シナプスを介して次の神経細胞の受容体に結合する際、取りこぼされたセロトニンは、元の神経細胞に戻ろうとします。SSRIはこの働きをブロック。シナプス内のセロトニン濃度を上げるよう作用します。

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※3 1999年7月23日に発生した羽田発札幌行きの飛行機がハイジャックされ、機長が死亡した事件。
※4 2001年6月8日、大阪府池田市の大阪教育大学附属池田小学校で発生した無差別殺傷事件。
※5 2008年6月8日に東京都千代田区外神田(秋葉原)で発生した通り魔殺傷事件。

 

<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

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『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』

(和田秀樹/KADOKAWA)

1078 円(税込)

幸福な高齢者になるには、65歳からおとずれる「老人性うつ病」の壁を乗り越えることが必須。30年以上にわたって高齢者の精神医療に携わってきた著者が教える「うつに強い人間になって、人生を楽しむための一冊」。

※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

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