「ムショ帰り」のムショは「刑務所」の略ではない。「ムショ」は刑務所よりも前に存在した!

"語源俗解"されがちな「スイート・ルーム」

この「ムショ」のように、ある語の語源を本来の語源とは違うように解釈してしまうことを、言語学では「民間語源(説)」「語源俗解」などと呼びます。

子供が「カレーライス」は「辛(かれ)えライス」なのだと思ったり、「パンケーキ」は「パンみたいなケーキ」なのだと思ったりするのも、その一種です。ちなみに「パンケーキ」は本来、〈パン(フライパンのような底の平らな鍋のこと)で焼いたケーキ〉という意味です。

ホテルの「スイート・ルーム」も"語源俗解"されがちな語です。この「スイート」を〈甘い〉の意味の sweet だと思っている人は多いのではないでしょうか。

日本語で言う「スイート・ルーム」は本来の英語では「スイート」だけで表し、 sweet ではなく suite とつづります。この suite とは、寝室と居間など、二つ以上の部屋がひとまとまりになっているタイプの客室を指します。

これが sweet と解釈されてしまう背景には、外来語として使われる「スイート」は「スイート・ポテト」「スイート・コーン」「スイート・ホーム」など sweet である場合が多いこと、さらに新婚旅行などでカップルがよく泊まることが考えられます(なお sweet と suite は英語でも発音は同じです)。

「ムショ帰り」のムショは「刑務所」の略ではない。「ムショ」は刑務所よりも前に存在した! nihongo_p150_3.jpg
イラスト:アキワシンヤ

「スイート・ルーム」が〈甘い・部屋〉でないことも、「ムショ」が「刑務所」の略でないことも、大型の国語辞典をいくつか調べればわかります。

語源というものを考えるにあたっては、たとえ「これが語源だろう」とすぐ思いつくような語であっても、とりあえず辞典を、できれば語源辞典や隠語辞典のような特殊な辞典を引いてみる、ということをお勧めします。

*1―飯間浩明(2017)「ムショ」(ウェブマガジン「考える人」連載「分け入っても分け入っても日本語」)(https://kangaeruhito.jp/article/3588
*松井栄一・渡辺友左監修(1996)『隠語辞典集成 2』大空社。『隠語輯覧』が収録されています。
*松井栄一・渡辺友左監修(1996)『隠語辞典集成 8』大空社。『隠語構成様式並に其語集』が収録されています。

 

回答者:新野直哉

国立国語研究所 研究系 准教授。「誤用」と呼ばれるような近現代の新語・新用法、さらにそれが同時代の人々にどう受け止められたかという意識の問題に関心を持ち、研究を行っている。

 

編者:国立国語研究所

昭和23(1948)年に、日本人の言語生活を豊かにする目的で誕生した、日本の「ことば」の総合研究機関。 ことばの専門家が集まり、言語にまつわる基礎的研究および応用研究を行う。 平成21(2009)年10月に大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立国語研究所となり、大学に属する研究者とともに大型の共同研究・共同調査を行うなど、さらに活発な活動を展開。略称は国語研、NINJAL。


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※本記事は国立国語研究所編集の書籍『日本語の大疑問2』(幻冬舎)から一部抜粋・編集しました。

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