【本作を第1回から読む】ファッション誌は、なぜ「新奇」なカタカナ語を生み出すのか。「ガーリーなカジュアル」の進化で考える
『日本語の大疑問2』 (国立国語研究所:編/幻冬舎)第2回【全7回】
ふだんなにげなく使っている日本語も、時代の移り変わりとともに少しずつ変化し、多様化しています。そんな日本語の文法や仕組みに思いを巡らせ「どうしてだろう?」と疑問に思うことはありませんか?『日本語の大疑問2』は、「ことば」のスペシャリスト集団・国立国語研究所所員や研究所に関係の深い専門家たちが、日本語にまつわるさまざまな疑問に答える回答集です。奥が深い日本語の深層に迫ってみませんか?
※本記事は国立国語研究所編集の書籍『日本語の大疑問2』(幻冬舎)から一部抜粋・編集しました。
英語では使われない「GoToトラベル」という表現が日本で使われるのはなぜですか
(回答=松本 曜)
「旅行するために行く」という奇妙な表現
「GoToトラベルキャンペーン」は、新型コロナウイルス感染症の流行で疲弊した経済の再興のため、政府が2020年に実施していた施策です。これは「GoToキャンペーン」の一つで、ほかに「GoToイートキャンペーン」「GoToイベントキャンペーン」も行われていました。
これを英語の表現として考えた場合、go to eat ならto は「不定詞のto」、go to events なら「前置詞のto」です。用法は違いますが、同じto だからということで、まとめてGoTo としたのでしょう。
では「GoToトラベル」のto はどうでしょうか。英語のtravel には名詞の用法も動詞の用法もあるので、どちらのto のつもりなのかははっきりしません。
動詞だとすれば、「旅行するために行く」ということになり、行った先で旅行するという意味になります。行くことと旅行することは(通常の旅行では)時間的に重なるので、その意味にするならgo traveling と言うべきところです。
名詞として使うとすれば、go to a meetingと同じような表現ということになりますが、やはり奇妙な表現で、通常はgo on a tripです。
go to travel が英語として実際に使われているものであるかどうかは、「コーパス*1」と呼ばれるデータベースを使って調べることができます。COCA*2という10億語以上のアメリカ英語のコーパスでは、go on a trip は225例見つかりますが、go to travel は3例しか見つかりません(go の様々な活用形の場合を含む)。やはり、普通はほとんど使わない表現なのです。
なお、GoToトラベルなどすべて合わせた「GoToキャンペーン」という名称も、toに後続する名詞も動詞もないので、英語としてはあり得ない表現です。