【本作を第1回から読む】ファッション誌は、なぜ「新奇」なカタカナ語を生み出すのか。「ガーリーなカジュアル」の進化で考える
『日本語の大疑問2』 (国立国語研究所:編/幻冬舎)第6回【全7回】
ふだんなにげなく使っている日本語も、時代の移り変わりとともに少しずつ変化し、多様化しています。そんな日本語の文法や仕組みに思いを巡らせ「どうしてだろう?」と疑問に思うことはありませんか?『日本語の大疑問2』は、「ことば」のスペシャリスト集団・国立国語研究所所員や研究所に関係の深い専門家たちが、日本語にまつわるさまざまな疑問に答える回答集です。奥が深い日本語の深層に迫ってみませんか?
※本記事は国立国語研究所編集の書籍『日本語の大疑問2』(幻冬舎)から一部抜粋・編集しました。
「ムショ帰り」の「ムショ」は「刑務所」の略ではないというのは本当ですか
(回答=新野直哉)
「ムショ」は「刑務所」よりも前からあった
刑事もののドラマや映画などで、「あいつはムショ帰りだ」「ムショに3年行った」といったセリフがよく使われます。
この「ムショ」の語源は何か、と言われたら、「そんなの『ケイムショ(刑務所)』の略に決まってるじゃないか」と思う人が多いのではないでしょうか。しかし『日本国語大辞典』第二版(小学館)には次のようにあります。
むしょ【虫・六四】[名](「むしよせば(虫寄場)」の略「むしよ」の変化した語)監獄のことをいう、盗人仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕
さらに「補注」として次のように述べています。
「刑務所」の略と解されることもあるが、「監獄」を「刑務所」と改称したのは大正一一年(1922)で、この語はそれ以前から使われていた。
ここに見られる『隠語輯覧(いんごしゅうらん)』という本は京都府警察部が発行したものですが、そこには確かに
むしょ 監獄―類語「むしよせば」ノ略
とあります。「ムショ」は本来「刑務所」の略ではなかったのです。
しかし、そのような語源解釈はかなり早くからあったようで、昭和10(1935)年に警察協会大阪支部が発行した『隠語構成様式並に其語集』の「むしよ」の項には、次のように指摘されています。
刑務所。「むしよせば」の略にして、刑務所の省略に非ず 刑務所のことを「むしよ」といへるはずつと以前から生ぜり 「むしよ」を刑務所の省略と誤信する者は、非常な誤りである
そして、『隠語輯覧』『隠語構成様式並に其語集』ともに、「むしよせば」は「六四寄場」で、監獄の食事の飯は麦と米が六対四の割合であることに由来するとしています(『日本国語大辞典』のように「虫寄場」を由来とする説もあります)。
ただ、このような「むしよせば」から「ムショ」が生まれたという説に対し、飯間浩明*1は、江戸時代の浄瑠璃(じょうるり)に牢屋を「ムシ」と呼んだ例があることから、この「ムシ」が「ムショ」に変化したと考えるほうが自然だ、と述べています。
いずれにせよ、「ムショ」の語源が「刑務所」ではないことは明らかです。
ですが、今から1世紀以上前に刊行された『隠語輯覧』に載っている隠語は、「ホシ」(容疑者)や「デカ」(刑事。この語は、当時の私服巡査が角袖(かくそで)の和服を着ていたことから「かくそで」→「でかくそ」→「でか」という過程を経て生まれたと言われています)など少数を除けば、我々にはなじみのないものです。
その中で「ムショ」が現在に至るまで使われ続けてきた背景には、これを「刑務所」という一般に知られた名称の略語だと考える語源意識があったことも確かです。