定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、「田舎暮らしの問題点」についてお聞きしました。
大都市近郊より地方への移住が人気を集める
田舎暮らしを希望する人が、急激に増えています。
NPO法人ふるさと回帰支援センターの東京情報センターの利用者数は、2014年度の1万2876件から2019年度には4万9760件と、5年間で4倍に増えています。
2020年度は4万729件と、2割ほど減りましたが、これは新型コロナの影響でセミナーが開催できなかったためで、電話等の問い合わせに限れば、2014年度の2381件が、2020年度は2万646件と、6年間で9倍に増えています。
また、ふるさと回帰支援センターのセミナー参加者の2020年の移住先人気ランキングベストテンは、1位から和歌山、広島、佐賀、静岡、長野、北海道、山梨、愛媛、新潟、福島の順となっています。
大都市近郊ではなく、田舎らしい田舎が人気を集めているのです。
その気持ちは、よく分かります。
田舎に行けば、自然が豊かで、水や空気がおいしくて、時間がゆったりと流れているので、人間らしい暮らしができます。
ただ、田舎暮らしは、すべての面でバラ色かと言えば、そうではありません。
第一は、雇用の場が限られるということです。
大都市のような多様な雇用機会がないので、自ら独立開業してビジネスを始めるか、農業で稼ぐことが基本になります。
第二は、物価が高いことです。
特に中山間地域に行くと、大型スーパーなどの安売り施設がなく、定価販売の小規模小売店しか商業施設がなかったりするので、どうしても物価が高くなってしまうのです。
また、水道料金が高いことも多いです。
第三は、公共交通機関がほとんどないので、どうしても車が必要になり、その維持費にお金がかかることです。
もちろん、都会に比べたら、家賃や住宅価格はけた違いに安いのですが、家賃の節約分を物価高や自動車維持費が相殺する形で、生活費が都会で暮らすのとさほど変わらないこともあるのです。
さらに最大の問題は、濃すぎる人間関係です。
地域にもよりますが、田舎では近所の人がいきなり家に入ってきます。
大分県の田舎に移住した友人の家は、何度か訪問させていただいたのですが、私はいつも黙って訪問します。
それでも、どこで聞きつけたのか、時間をおかずに近所のおばさんが漬物を持って集まってきます。
夕方を過ぎると、近所のおじさんが集まってきて、そのまま宴会になります。
私は、たまにしか行かないので、それでよいのですが、そうしたことが日常なのです。
彼らに聞いた話では、小学校に登校するほかの家の児童をいつも見ていて、もしいつもの時間に児童が通らないと、「何かあったのだろうか」とすぐに連絡を取り合うそうです。
子育てをする親にとっては安心ですが、悪い言い方をすると、いつも相互監視がなされているということです。
また、田舎では、お金を稼ぐための仕事のほかに、地域社会を維持するための仕事がたくさん降りかかってきます。
消防団から、道路整備、村祭りの準備、村の共有設備の管理など、生業としての仕事よりも、賃金収入を伴わない地域の仕事のほうが多かったりもします。
大分に移住した私の友人は、イノシシやシカの解体に駆り出されていました。
解体して、肉を分かち合うのです。
私は、イノシシやシカを食べるのは大好きなのですが、解体作業は、なかなか手を出せません。
しかし、皆でやる仕事に参加しないと、本当の意味での仲間にはなれないのです。
地域の文化がわかるお試し移住制度
こうしたことを考えると、私は田舎への移住は、若いうち、少なくとも50代までには実行したほうがよいと思います。
若いうちなら、柔軟性が高く、地域社会に溶け込むことが容易だからです。
また、移住は若いほうがよいと思うもう一つの理由は、溶け込むのに時間が必要だということです。
本当に地域の一員として認められるのは、神社のお祭りのときに開催される神楽のメンバーに選ばれてからだという話を聞いたことがあります。
ただ、神楽を踊れるようになるには、少なくとも5年や6年はかかってしまうのです。
私は40代のころは、早期リタイアして、沖縄に移住しようとずっと考えていました。
しかし、仕事が忙しくて、タイミングを逸してしまいました。
いま住んでいるトカイナカが、すっかり気に入ってしまったことも、田舎への移住が実現しなかった理由です。
ただ、よそ者をどれだけ柔軟に受け入れるかという文化は、地域によって異なります。
町や村単位ではなく、字(あざ)ごとに違うそうです。
ですから、田舎への移住を考える方は、事前に移住先がどういう文化かをしっかり知ってから踏み切ったほうがよいでしょう。
最近は、多くの自治体が「お試し移住制度」を実施しています。
1年から2年住んでみれば、大体のことは分かります。
自宅を引き払うのは、移住先での暮らしの輪郭がはっきり見えてからでも、決して遅くはないのです。
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