年金はなぜ減るのか? 森永卓郎さんが考える「年金制度」の変更

定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、制度変更から考える「年金はなぜ減るのか」についてお聞きしました。

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背景にある大きな制度変更

4月から公的年金の給付額が0・1%カットされます。

国民年金は月額6万5141円から、6万5075円へと66円の引き下げ、厚生年金(2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額)は、月額22万724円から22万496円と228円の引き下げとなります。

額としては、大きな金額ではありませんが、背後には、大きな制度変更が隠れています。

もともと、年金には、毎年物価に合わせて年金額を増減させる「物価スライド」という仕組みが備わっています。

物価が3%上がれば、年金額も3%増えるのです。

経済がどうなろうと高齢者の生活を守るために導入された仕組みです。

昨年の消費者物価上昇率は0・0%でした。

それなのになぜ年金額が0・1%減るのでしょうか。

実は、今年から物価スライドの仕組みが変更されました。

年金額の改定率は、(1)実質賃金変動率+(2)物価変動率+(3)可処分所得割合の変化率で決めることになったのです。

実質賃金の変動率は、2年度前から4年度前までの3年間平均の実質賃金変動です。

物価上昇率は前年のデータ、可処分所得割合の変化率は3年度前の数字が使われます。

今年の年金改定では、(1)が▲(マイナス)0・1%、(2)が0・0%、(3)が0・0%なので、合計▲0・1%が年金の改定率になったという仕組みです。

なぜ、こんな複雑な制度を導入したのでしょうか。

私は、高齢者も増税しようと政府が考えたからだと考えています。

例えば、消費税率を5%引き上げたとします。

これまでの仕組みだと、高齢者の生活は影響を受けません。

消費税率の引き上げで物価が5%上がっても、年金が物価スライドで5%増えるため、実質的な所得が変化しないからです。

ところが、今年から導入された新しいルールでは、実質賃金(※)が消費税増税分だけ下がりますから、物価スライドと相殺されて、年金の実質価値が消費税増税分だけ減少することになるのです。

しかも巧妙だなと思うのは、実質賃金変動率のデータが、2年度前から4年度前までの3年間平均で計算されるということです。

そうなると、消費税増税の翌年度は、物価スライドで年金が増えるので、高齢者は消費税増税の影響がなかったと捉えます。

ところが、消費税増税分は、2年後から3年かけてじわじわと高齢者の財布を直撃するのです。

しかもそれは、増税の影響ではなく、現役世代の実質賃金が下がったことの影響だと説明されます。

「現役世代の実質賃金が下がっていて苦しいんだったら、自分たちの年金が下がっても仕方がないか」と高齢者に思わせる仕組みになっているのです。

※実質賃金は基本給や賞与、残業代などを合わせた現金給与総額(名目賃金)を、消費者物価指数で割って求められます。消費税増税によって、分母の消費者物価指数が増えると、実質賃金は減少します。

現役世代の負担増で年金が減額に

さらに実質賃金を基準に取り込んだことで、もう一つ大きな影響が生まれます。

それは、デフレです。

1997年の消費税増税をきっかけとして、日本はその後15年間物価が下がり続けるデフレを経験しました。

一昨年の消費税増税でも、昨年12月の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く)が前年同月比で▲1・0%とマイナスになるなど、すでにデフレ傾向が現れています。

経済がデフレに陥ると、労働力需給が悪化し、実質賃金が下がります。

つまり、消費税増税は、物価の下落と実質賃金低下のダブルパンチで年金額を減らすことになるのです。

実は、増税の影響は、年金改定率を決める第三の要素である可処分所得割合の変化率を通じても、年金額を減らします。

例えば、所得税が増税されると、その分、可処分所得の割合が減りますから、年金額がその分減額改定されてしまうのです。

また、可処分所得を減らすのは税金だけではありません。

年金保険料や健康保険料などの社会保険料が引き上げられても、年金給付は減額改定になるのです。

これまでの高齢層は、税制改正や社会保険料改定に無関心でした。

「それは現役世代の問題でしょう」と考えていたのです。

しかし、新しい年金改定ルールでは、現役世代の負担増は、年金減少となって、ストレートに年金生活者の懐を直撃するのです。

いま、財務省はコロナ対策でつぎ込んだ膨大な財政資金を取り戻すため、コロナ対策特別税の創設を検討しているといわれます。

高齢層はもともと税金をあまり支払っていないので、増税されても影響が小さいと思われがちですが、増税は年金額の減少に姿を変えて、高齢層にも降りかかってきます。

コロナ対策の財政負担は、発行された国債を全額日銀が買い取ることで、いまのところ誰も負担していません。

経済学者のなかには、この国債を永久に日銀が持ち続けてくれれば、今後の増税は必要がないと主張するグループがいます。

実は、私もそう考えています。

大増税をするのか、それとも借金を放置するのかで、年金生活者の暮らし向きが大きく変わるのですから、高齢者も財政の議論に関心を持って、声をあげるべきだと私は考えています。

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森永卓郎(もりなが・たくろう)
1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『なぜ日本経済は後手に回るのか』(角川新書)がある。

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(森永 卓郎 森永 康平/KADOKAWA)

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この記事は『毎日が発見』2021年4月号に掲載の情報です。

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