定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、「収入増の落とし穴」についてお聞きしました。
幅広い2割負担の対象者
中所得の後期高齢者の医療費窓口負担を1割から2割に引き上げる医療制度改革関連法が6月4日の参院本会議で可決、成立しました。
これで来年度後半から後期高齢者の窓口負担は3段階に分かれることになります。
まず低所得者は、現行通り1割負担のままです。
次に中所得者(単身世帯は年収200万円以上、複数世帯で320万円以上)は2割負担、そして現役並み所得層(単身世帯で年収383万円以上、複数世帯で520万円以上)は、現行通り3割負担になります。
つまり、単身世帯で年収200万円以上383万円未満の所得層と複数世帯で320万円以上520万円未満の所得層の窓口負担が、1割から2割に上がるのです。
窓口負担がいきなり2倍になるのですから、これは相当な負担増と言えます。
ここで問題になるのが、単身で年収200万円以上という中所得層のラインです。
実はこれはかなり微妙なラインなのです。
昨年厚生労働省年金局が公表した「令和元年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、厚生年金の平均年金月額は男性が16万4770円、女性が10万3159円となっています。
男性の年金年額は198万円となりますから、平均的な男性が、ちょっとでも働くと、窓口負担2割が降りかかってくるのです。
ただし、中所得者の医療費負担が一律2倍になるというわけではありません。
高額療養費制度があるからです。
医療費負担があまりに高額になると生活が破綻してしまうので、1カ月に負担する医療費には上限があり、その上限を超える分は戻ってくるのです。
入院した場合の上限は、(1)世帯員全員が住民税非課税かつ全員の課税所得がゼロ(年金収入80万円以下)の場合は1万5000円、(2)世帯員全員が住民税非課税(年金収入150万円以下)の場合は2万4600円、(3)課税所得145万円未満は5万7600円、(4)課税所得145万円以上380万円未満は8万100円、(5)課税所得380万円以上690万円未満は16万7400円、(6)課税所得690万円以上は25万2600円となっています。
あまりいないとは思いますが、後期高齢者になって課税所得690万円以上の高年収を得ていると、最大1カ月25万円もの医療費負担が降りかかってくる可能性があるのです。
また、年収が増えると、社会保険料や税金も増えます。
例えば、後期高齢者医療制度の保険料は、市町村によって異なりますが、均等割の他に所得の9%程度の所得割が取られます。
介護保険料も市町村によって負担が異なりますが、私が住んでいる埼玉県所沢市では、年間の負担額が所得に応じて最低1万9200円から最高13万8200円まで、7倍以上の差が存在しています。
さらに、年収が増えると住民税も増えますし、累進課税の所得税は加速度的に増えていきます。
こうしたことを考えると、高齢期に所得を増やすとさまざまな負担が増えて、せっかく働いたのに、手取りがほとんど増えないということが起こりうるのです。
本当かと思われるかもしれませんが、実は国会でもこの問題は取り上げられています。
年金繰り下げで増える税金や社会保険料
来年から公的年金の繰り下げ受給の上限年齢が70歳から75歳に引き上げられます。
それを可能にした昨年の年金制度改革関連法案の審議のなかで、共産党の宮本徹議員が、年金の75歳受給開始を選んだ場合、手取りで考えると大きな損失になることを明らかにしたのです。
政府の説明は、平均余命で亡くなれば、公的年金は、何歳から受給を開始しても損得はないということになっていました。
ところが、75歳受給開始を選ぶと、年金が84%増えるために、負担する税金や社会保険料が大きく増えてしまうのです。
宮本徹議員の試算によると、65歳から月額15万円の年金を受給した場合の税・社会保険料負担は月額5800円ですが、75歳から84%増の27・6万円の年金を受け取ると、負担が3・6万円と6倍以上に増えてしまいます。
平均余命の87歳まで生きるとすると、生涯で受け取る年金の手取り収入は、総額で350万円も減ってしまうのです。
高齢期に高い収入があるというのは、一見よさそうに見えるのですが、税や社会保険料のことを考えると、大きな問題になります。
いちばん有利なのは、年収を住民税の非課税限度額以下に抑えることです。
住民税が非課税だと、これまでに見てきたように、介護保険料が軽減されたり、高額医療費の自己負担上限が低くなったり、さらには、自治体からのさまざまな援助の対象になったりします。
住民税が非課税となる年金収入の年額は、居住地の都市規模によって異なりますが、東京23区内の場合、単身者は155万円以下、扶養配偶者がいる場合は211万円以下となっています。
すでにそれを超えそうな人にも、これから年金を受給する人の場合は手があります。
年金を繰り上げ受給すればよいのです。
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