老後資金、本当は何年分必要になる? 森永卓郎さんが考える「生き残るリスク」

定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、生き残るリスクから考える「老後資金の必要額」についてお聞きしました。

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老後資金、本当は何年分必要になる?

私は、現在63歳ですが、毎年年賀状のリストから外さないといけない人が、少しずつ増えてきました。

同僚や同窓生で亡くなる人が、増えたからです。

何歳まで生きられるのかというのは、本当に予測が難しくて、見るからに健康そうな人が亡くなることがよくあります。

ただ、何歳まで生きるのかということは、老後の生活設計をするためのいちばん基本となる数字です。

一昨年、大きな話題となった「老後資金が2000万円必要」とする金融庁の報告書では、95歳で亡くなることを前提に、老後資金は30年分必要という計算をしていました。

現在の平均寿命は女性87歳、男性81歳なので、95歳までには確実に死ぬだろうと思われがちですが、実はそうではありません。

平均寿命というのは、0歳時点の平均余命です。

65歳を迎えた人というのは、そこまで無事に生き残ったわけですから、そこから先は平均寿命よりも長生きします。

65歳時の平均余命は、男性が19・83年、女性は24・63年です。

これでも金融庁の報告書が想定した老後の期間よりも短くなっています。

それではなぜ金融庁が、30年という老後を想定したかというと、平均余命というのは、あくまでも平均なので、そこまでに老後資金を使い果たしてしまったら、平均以上に長生きした場合の生活費に困ってしまうからです。

ただ、私は老後の期間を30年と考えるのは、リスクが大きいと考えています。

そこで考えなければならないのが、生き残る確率です。

統計学の世界では、仮説の検証に1%有意と5%有意という二つの基準がよく使われます。

それぞれ、1%以下のことは起こらない、5%以下のことは起こらないという仮定です。

一般的によく使われるのは1%有意の方です。

つまり99%大丈夫というところで判断をしましょうということです。

さて、65歳まで生き残った人は何%の確率で生き残るのでしょうか。

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口で使われている2020年の生命表によると、65歳の男性が生き残る確率が5%を割り込むのは98歳、1%を割り込むのは102歳です。

女性は、生き残る確率が5%を割り込むのが102歳、1%を割り込むのは105歳を過ぎてからです。

つまり、99%安心な老後生活を設計しようと考えると、老後資金は65歳から105歳までの40年分を用意しないといけないということになります。

金融庁の報告書では、老後は毎月5万5千円の赤字が出るという前提で計算していましたから、老後40年分とすると、それだけで2640万円の資金を用意する必要が出てきます。

2000万円でも悲鳴が上がったのに、より困難な金額です。

家計の赤字が月13万円になる可能性も

しかも、さらに大きな問題があります。

それは、今後、公的年金の給付額が確実に削減されていくということです。

2019年に行われた財政検証は、将来の厚生年金給付について、ケースⅠからケースⅥまで、6つのケースのシミュレーションをしています。

その結果をみると、現在61・7%の所得代替率(現役世代の手取り収入の何%の年金が給付されるのかという数字)は、最も楽観的なケースⅠで51・9%、最も悲観的なケースⅥだと37%に下がっていくという結果になっています。

現在の厚生年金のモデル年金は22万円ですから、単純計算だと、20年先の年金は、最も楽観的なケースで18万6千円、最も悲観的なケースで13万2千円になります。

金融庁の報告書が想定している毎月の支出額は、26万4千円ですから、毎月の赤字は楽観ケースで7万8千円、悲観ケースでは13万2千円となります。

老後の期間を40年だと仮定すると、楽観ケースでは3744万円、悲観ケースでは6336万円もの老後資金を用意しなければならないことになります。

よほどのエリートサラリーマンか高級官僚でもない限り、用意することが不可能な金額です。

それでは、どうしたらよいのでしょうか。

私は、極端に言うと、二つしか方法がないと考えています。

一つは、体が動く限り働き続けること、もう一つは年金の範囲内で生活できるようにライフスタイルを変えることです。

どちらを選ぶかは、その人の人生観に依存します。

しかし、どうやら政府は、前者のライフスタイルを選択する人が多いとみているようです。

なぜかというと、先に紹介した年金の財政検証が前提としている2040年の労働力率(何%の人が労働力になっているかを示す数字)は、楽観ケースの場合、男性の60歳台後半が72%、70歳台前半が49%、女性の60歳台後半が54%、70歳台前半が33%となっているからです。

つまり、男性の7割が70歳まで働き、半数が75歳まで働く。

女性の過半が70歳まで働き、3分の1が75歳まで働くということです。

そんな生活のために働き続ける人生が、本当に幸せでしょうか。

紙幅が尽きたので、この問題は、引き続き考えていきたいと思います。

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森永卓郎(もりなが・たくろう)
1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『なぜ日本経済は後手に回るのか』(角川新書)がある。

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『なぜ日本経済は後手に回るのか』

(森永 卓郎 森永 康平/KADOKAWA)

新型コロナウイルス感染症によって生じた日本経済の失速。その原因は長年続いている「官僚主義と東京中心主義」にあると、森永さんは分析します。では今後どうすれば感染拡大を抑え、経済的苦境を脱することができるのか――。豊富な統計やデータを基に導き出された、未来への提言が記された一冊です。

この記事は『毎日が発見』2021年5月号に掲載の情報です。

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