晩年を駿府(静岡県)で過ごし、お茶通としても知られた徳川家康が最も好んだのが熟成茶だったといわれています。新茶の時期に摘んだ茶葉を壺に詰め、標高1200mの大日峠へと運ばせ、夏の間、冷涼な高地に建てたお茶蔵で大切に保存し、じっくり熟成させたものです。この熟成の過程は低温で進むため、非常に穏やかな酸化発酵を伴います。それゆえ、新茶の若葉に特有な青臭い香りが薄れると共に、カテキン類の渋みが減り、まろやかで滋味深い味わいへと変化すると考えられています。
自然の力がつくり出す秋のお茶を楽しみましょう
静岡県では、この熟成茶の魅力を見直すべく、各地でさまざまな取り組みが行われています。その一つが、富士山の新七合目にある『御来光山荘』でつくられる熟成茶。茶葉の製造を手がける富士山まる茂茶園5代目の本多茂兵衛さんにお話を聞いてみました。
「富士山での茶葉の熟成は2011年から行っています。その年、御来光山荘に行った時、通常は湿気を避けるため保存に注意が必要なはずの茶葉を、一斗缶で無造作に寝かせているのを見て驚きました。しかも、茶葉の見た目はよくないのに、飲んでみるとこれまで味わったことのないまろやかな甘味。実は、山荘を営む室主の赤池さんは、富士山麓でお茶園も営む農家で、その時飲んだのは自家製茶でした。そのお茶のおいしさは富士山という土地にあるのかもと思い、熟成茶をつくり始めました」。さまざまな茶葉を熟成させていく中で面白いのは、がちがちに渋いお茶の方が、熟成させるとうま味が増して飲みやすくなることだと言います。
「山荘の気温は、20℃より上になることはありません。冬場、低温になってから気温が上がる時に、茶葉に変化がもたらされるようです。新鮮な香りは薄まりますが、熟成茶ならではの深い味わいは、自然の恵みそのものです」。
御来光山荘へと運ばれた茶葉は、翌年の夏までじっくり熟成されます
熟成茶ならではの芳醇な香りでリラックス
熟成茶は、渋みが強いお茶ほど、うま味が増して飲みやすくなるのが魅力です。ほかにも熟成することで変化することはあるのでしょうか? 「日本茶専門店 茶倉 SAKURA」の小方奈緒さんに聞いてみました。
古来、玉露のような高級茶は熟成させたものが好まれる傾向にあります。「玉露は、寝かせることで茶葉の香りや味わいが落ち着き、より一層厚みのあるお茶へと変化します。煎茶の場合、熟成させることで、新茶にはない穏やかな香りを楽しめるのも魅力です」。
これからの時期、静岡や京都では、春に摘んで熟成させたお茶の口切り行事が行われます。会場では熟成茶も楽しめるので、秋の行楽の候補に加えてみてはいかがでしょうか。
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構成・取材・文/笑(寳田真由美) 撮影/米山典子