話しかけても反応がない夫と、どう暮らしていけばいいのか――。アスペルガー症候群のパートナーと結婚し、家庭を築いていく難しさから次第にうつ状態となったシニア産業カウンセラーの真行結子さん。自身の体験から、「自分らしい夫婦の形を実現させることが大切」だと気づかされました。そんな真行さんの著書『私の夫は発達障害?』(すばる舎)から、いい夫婦関係を保つヒントを連載形式でお届けします。
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カサンドラ症候群とは何か
ある日、アスペルガー症候群(発達障害の一つ)と思われる同僚への対応に苦慮している方からの相談を受けたことをきっかけに、発達障害について調べていくなかで、私は「カサンドラ症候群」という言葉を知りました。
それはまさに、私が長い間抱えてきた悩み「そのもの」であり、その時の「腑に落ちた」感覚を今でも忘れることはありません。
「カサンドラ症候群」とは、ギリシャ神話の神アポロンに、予知能力を周囲に信じてもらえない呪いをかけられた女性、カサンドラの名前に由来しています。
発達障害のあるパートナーの特性(情緒的関係が築けない等)が、パートナー関係や家庭生活に影響を与えて生じる、うつ、無気力、不眠、パニック障害、自尊感情低下などの身体的・精神的症状を指し、そのことが周囲に理解してもらいにくいことから、このように例えられています。
米精神医学会の診断基準(DSM-5)には含まれておらず、正式な病名ではありません。
初めて精神科を訪れてから10年以上たった今、私は、カサンドラ症候群の支援団体の代表を務め、カサンドラ症候群のセルフヘルプグループ(※)の運営、そして、発達障害やカサンドラ症候群に関する講座などを開催、また、カウンセラーとしてカウンセリングや講座講師を担当しています。
(※)共通の悩みを抱える人々が自主的につながり、共感のなかで悩みを打ち明けたり、問題解決のために経験や情報を分かち合い、相談活動や社会に理解を広める活動を行うグループのこと。
夫に発達障害の診断がついていないとカサンドラではない?
カウンセリングにいらした方から、「夫に発達障害の診断がおりていないので、私はカサンドラとは言えないのでしょうか」とのご質問を受けることがあります。
実は、私のクライエントを含め、支援活動を通じてお会いしたカサンドラの多くは、夫が医療機関を未受診であり、発達障害の診断はおりていません。
日常的に悩まされている夫の言動の背景にあるものを、テレビやインターネット、書籍等で得た情報から「夫は発達障害ではないか」と感じている妻に対して、生活において「困り感」を持っておらず、ましてや「自分が発達障害である」との認識は毛頭ない夫。
妻は、夫の受診、そして診断がおりることにより、夫婦関係改善への希望を抱いていますが、実際のところ「困り感」という「動機」を持っていない夫を受診させることは困難である場合が多いのです。
また、受診をしても、診断基準にあるすべての条件を満たさないため、発達障害の診断名がつかない場合もあり、医師からは、「傾向がある」「きわめて近い」などの説明がなされることがあります。
私は、診断名がついていなくても、発達障害特性に重なる夫の言動に起因する悩みを妻が抱えているのなら、カサンドラであると判断しています。
「困り感」のない夫。困っているのは私だけだった
私の元夫は、医療機関を受診していません。
夫との関係がますます行き詰まってきた頃、私は「夫には発達障害(アスペルガー症候群)特性があるのではないか」と感じていました。
夫に医療機関の受診を勧めようと考え、いくつかの大人の発達障害専門外来を持つ病院に問い合わせたところ、混み合っているため予約が取りにくいこと、取れたとしても初診まで数カ月待つこと、初診から診断までには、問診、心理検査などで平日3日程要し、数カ月かかると言われ、唖然としました。
私の心は「今すぐにでも誰か助けて!」と悲鳴を上げていて、診断まで半年にも及ぶ期間を待つことには耐えられそうもありませんでした。
そのとき、以前、夫との関係の悩みを相談するために受診した精神科で、医師にじっくりと耳を傾けてもらえなかったと感じた、あの苦しい記憶が蘇ってきたのです。
私が望んでいるのは「夫に発達障害の診断がおりること」よりも、「夫婦関係改善への具体的サポート」と「誰からも悩みを理解されない苦しみへの寄り添い」でした。
そこで、夫の医療機関受診ではなく、発達障害について知識があるカウンセラーの「夫婦カウンセリング」を選択しました。
夫に、夫婦でカウンセリングを受けようと提案したところ、彼はいつものように私の言うことに同意し、ふたりでカウンセリングを受けることになりました。
しかし、数回目のセッション時にカウンセラーから、「あなたの夫は、生活にも夫婦関係においても困っていません。このままカウンセリングを続けても、また、医療機関を受診したとしても、夫は変わらないと思います」と言われました。
このとき、落胆する一方で、私の気持ちは定まりました。
私は夫婦カウンセリングを終結させ、カウンセラーという専門家が介入しても、「夫は変わらない」という現実に正面から向き合いながら、カサンドラからの回復を果たしたのでした。
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カサンドラ症候群から回復するまでの同居・別居・離婚の3ケースを全5章が紹介されています