「あんたが恥ずかしい恰好やと、みんなが恥かくんや!」姑に連れられて行った百貨店で...⁉/かづ

アメブロで「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」を運営しているかづと申します。

現在は夫婦二人と4ニャンとで暮らしています。

今から36年以上前の、結婚当初のことを思い出しながら書いています。

前回の記事:身勝手なウチの弟と「なんで結婚したん?」弟嫁が明かした「哀しい理由」は...

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当時七五三は「数え年」でしていたため、息子が2歳になってすぐに七五三の準備に入った。

神社近くの写真館で息子の晴れ着をレンタルして、写真撮影後にお宮参りをするつもりでいた。

写真館に下見に行くと丁度仕立上りの着物があると言われた。

背中には鷹の刺繍が大きく羽ばたいていて、それはそれは雄々しく立派な物だった。

羽織も着物も撮影日も決め、夫から姑に宮参りの予定を連絡して貰った。

ところが数日後、姑から息子の七五三には夫が来た着物を着るようにと言われる。

夫が3歳の時に姑が縫った着物らしく、姑いわく

「上等な布で裏地も上等。ちゃんと綺麗に残しているからこれにしなさい」

値段は『上等』だったのかもしれないが、30年以上も前の物だ。

肩上げなどのサイズ直しが必要だからと姑宅で息子に着せてみたが、色はくすんだ茶色で柄は市松模様だった。

30年以上前には良い物だったんだろうが、2歳半の孫にくすんだ茶色の市松模様を着せて満足しているのは姑くらいなもんだろうと思っていたら、夫は金が掛からないならそれに越した事が無いと言う。

それに母親が満足しているならそれが一番だと思っているらしく、何も知らない2歳の長男が文句を言う訳も無く、ただ私一人だけが不満を口にしている形になった。

当時はあちこちから七五三のパンフレットやカタログが届き、私も初めての子だからそんな『お古』は着せたくなかった。

姑が嫌いだからということではない。

日頃からこれと言って贅沢もせずに暮らしているからこそ、息子の七五三くらい立派な物を用意してあげたかったのだ。

結局、写真屋に全てキャンセルだと言いに行った。

数日後、姑から宮参りに着て行く服はあるのかと聞かれた。

以前葬式の時に着た看護学校時代の制服の黒スーツで行くと言うと、百貨店でワンピースを買ってくれると言いだした。

当然断るものの、姑は

「あんたが恥ずかしい格好してるとみんなが恥かく!」

としつこい。

挙句には息子の七五三にも関わらず私に「来るな」とまで言い出した。

またこのことで嫌味を言われ続けるのかと思い、渋々ながら姑と百貨店に行くことになった。

私は当時から既にかなりの巨漢で、幼少期から高校生まで柔道をしていたので、骨からして太かった。

そんじょそこらの服屋に入ってすんなりと自分の体形に合った服が無いのが分かっていたからこそ、今持っている黒スーツで行くと言ったのだ。

連れて行かれたのが「クイーンサイズ売り場」で、そこで姑が仁王立ちになり

「ちょっと―!この子が着れるサイズある―??この子が着れるくらい大きいのって置いとる―??」

と大声を上げた。

顔から火が出るかと思った。

周りの店員も客もみんなが私に視線を向け、売り場担当らしき店員さんが走り寄って来た。

「いらっしゃいませ。お嬢様ですね?こちらにお願いします。」

店員さんはそう言って私と姑を案内してくれた。

歩きながらも姑は

「この子、娘やのうて嫁ですねん。この子に着れる様なサイズあんの? 百貨店やから何とか着れるもんがあるやろうと思って連れて来たんやけど。この子かなり大きいからなぁ~。相当大きなサイズやないと入らんと思うねんやわぁ~」

と笑いながら店員さんに大声で喋り続けていた。

店員さんが試着室で私のサイズをメジャーで測る。

「あぁ、そこから出んとそのままそこにおって!」

と姑に言われ、私は試着室に一人残されて、服は姑と店員さんで選びに行った。


続く

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かづ

​ブログ「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」の管理人で、Ameba公式トップブロガー。 ​基本専業主婦の​50代​。子育てが終​り、​夫と4ニャンと暮してい​る​結婚36年目です。 ​一人っ子の夫と結婚し、舅姑の理想の嫁でなかった私の結婚生活においての戦いを思い出しながら書いています。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

コメント一覧

46年前の話です。一人っ子の夫の両親と同居。関西でした。姑は私の事を「この子と同じ茶碗でご飯食べたくない」「うちの子は肩凝らしだから一緒に寝んといて」とか「どこの馬の骨かわからん 」とかチクチクやられていました。20歳そこそこの私は言い返す事も出来ず。自営業の婚家は舅が会計を握り、姑もほぼ働くだけ。私は昼のお勤めの給料も舅が取り上げ帰れば家の仕事も手伝いと散々でした。結局耐えきれず実家に逃げ帰りました。夫は味方になってくれず悲惨な毎日でした。今はそんな嫁さんはいないでしょうね。
そんなことない❗️私だってひどかったよ。主人の給料から生活費、親へ結婚前の車購入費の借入金の支払い等…手元には一万円残らない。そこから主人の小遣い引いてた。不足分自分の貯金使ってたら、あっ❗️と言う間に100万済んだ。食費がないと言うと、一家に女は2人も要らん‼️働け❗️と、言われ働きに出たよ。子どもは女3人、3人目の妊娠の時3人も要らん‼️と言われた❗️1ヶ月主人の説得をして出産。女の子だった。女ばかり産んでと嫌みをいわれたよ。それからも色々辛いことばかりだった。その頃離婚なんて、世間体が悪いことだったから我慢するしかなかった。あの頃はみんなそうだった

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