toと「に」の用法が似ていることが誤解のタネ
では、どうしてこのような「英語として奇妙な」表現が日本語として通用しているのでしょうか。
興味深いことに、JEFLLコーパス*3(70万語)という、日本の中高生の自由英作文データベースを見ると、go to travel という言い方が10例出てきます。これは、正しい表現であるgo on a trip の2倍です(go の様々な活用形の場合を含む)。つまり、go to travel は日本語を母語とする英語学習者によく見られる表現なのです。そのような表現は「おかしい」と感じられないため、日本語話者の間では受け入れられやすいのです。
英語学習者がgo to travel という表現を使うとすれば、それは日本語の「旅行に行く」に基づいた表現だと思われます。日本語の「~に行く」の場合、「東京に行く」「コンサートに行く」のように、目的地や目的地で行われるイベントを表す名詞と一緒に使われることもあれば、「買いに行く」のように、移動する目的を表す動詞を伴って使われる場合もあります。このほか、「ドライブに行く」のように、「~する」の「~」にあたる動詞的な名詞と一緒に使うこともできます。「旅行に行く」はこの最後のタイプの表現です。
このように、「イベントに行く」「食べに行く」とならんで、「旅行に行く」という、同じ「~に行く」という表現が日本語では成立しています。これを英語に置き換えれば、go to event(s)、 go to eat、そしてgo to travel となります。
日本語の「に」も英語のto も多機能的で、到着点を表すほか、目的を表すことができるなど、その用法が重なっています。しかし、全く同じと思って置き換えると、英語としては正しくない表現が出来てしまうことになります。go to travel はちょうどそのようなケースです。
なお、「旅行に行く」「ドライブに行く」では、移動を始めた時から旅行やドライブが始まります。その点で、移動先で旅行、ドライブすることを表す、英語のgo to travel、 go to drive とは意味が異なります。go to travel、 go to drive の意味は、日本語では「旅行しに行く」「ドライブしに行く」に近いと思われます。
以上のように、日本語として使われている英語に基づく表現を見ていくと、そこに日本語の表現の仕方が反映していることがあります。それを手がかりに言葉の使い方を見ていくと、日本語と英語の類似性と相違点が明らかになるのです。
*1― コーパスとは、書籍、新聞、ウェブサイトなどから集めた文章をデータベース化して、研究などのために検索できるようにしたものです。日本語については、国立国語研究所が作成した『現代日本語書き言葉均衡コーパス』などがあります。
*2―Corpus of Contemporary American English (COCA)(https://www.english-corpora.org/coca/)
*3―Japanese EFL Learner (JEFLL) Corpus(https://scnweb.japanknowledge.com/JEFLL2/)