短い期間に、さまざまな症状が現れるうつ病
認知症は徐々に進行する病気なので、いつから物忘れが始まったかは、案外あいまいなことが多いものです。一方、うつ病は、短い期間にさまざまな症状が同時多発的に起こります。
物忘れが始まって1~2カ月のうちに、「着替えや掃除をしなくなった」「風呂に入らなくなった」などの症状が続いた場合、まずはうつ病を疑います。物忘れよりも、「着替えや掃除をしなくなる」という症状が先に始まるケースもありますが、その場合は、余計にうつ病の疑いが濃いといえます。
認知症に比べてうつ病の方が「抑うつ的な発言が多い」とか、「表情が暗い」といった差も指摘されます。実際、その通りなのですが、抑うつ的な発言はそれほどないけれど、「身体のあちこちが痛い」「最近、体調が悪い」といった身体症状や、前述のようにものぐさになる症状が目立つ人もいます。ただ、高齢者の場合、うつ病を発症していたとしても、表情が大して変わらない人も珍しくないので、やはり経過の方があてになると思います。
しかし、物忘れ外来や精神科のクリニックでは、患者さんの数が多過ぎて、経過を聞く十分な時間が取れないことが多いのが現実です。そのため、いま出ている症状や長谷川式のようなテスト(認知症の検査法で「長谷川式簡易知能評価スケール」など)、MRIのような画像検査のみを見て、うつ病なのに認知症と診断されることが少なくないようです。高齢者の場合、認知症がなくても脳の萎縮が目立つことは珍しくないので、誤診が起こりやすいのです。
誤診を防ぐためには、丁寧に初診を行う病院を選ぶ
認知症は、症状が進むほどニコニコしたり、多幸的になるケースが多く、本人の主観では幸せであることが珍しくありません。うつ病の場合は、本人がつらい思いをしていることが多いのですが、適切な治療を受ければ薬で治る可能性がかなり高い病気です。それにも関わらず、そのまま認知症として扱われるとしたら、この誤診は悲劇的なことでしょう。場合によっては、死ぬまで暗い気分で過ごすことになりかねません。
さらに、うつ病の薬(※1)を使わず、放置されるうちに、脳の神経細胞がダメージを受けて回復が難しくなったり、頭や身体を動かさないために、本当に認知症になってしまうこともあり得ます。そういう事態を避けるために大切なのが初診です。初診の際は、医者が時間をとって症状の経過を聞いてくれたり、心理士やソーシャルワーカーのような専門の人が問診をして、1時間くらいは時間をとり、「どういう症状がいつから出て、何が困っているか」を丁寧に聞いてくれる病院やクリニックで診察を受けたいものです。
※1 抗うつ薬=脳内のセロトニンなどを増やす薬などうつ病を改善する薬のこと。
認知症かうつ病か。疑わしい場合は、うつ病の薬で改善も
もう一つ重要なポイントは、年齢です。65歳以上であれば、約5%の人がうつ病とされるわけですが、認知症は若いほど少ないのです。
厚生労働省の研究班によると、65~69歳であれば、認知症の有病率は2.9%、70~74歳は4.1%で、認知症よりうつ病の方が多いのです。これが80~84歳になると21.8%、85~89歳なら41.4%で、認知症の方がうつ病よりもずっと多くなります。こういったことからも、前期高齢者の人が物忘れ症状を現すようになったら、うつ病の可能性を考えた方が賢明かもしれません。
私の場合、うつ病を疑った場合はもちろんのこと、認知症かうつ病かどちらの可能性もある場合は、試しにうつ病の薬を使ってみます。それで良くなれば、うつ病ということなので、患者さんは救われます。
さまざまな調査研究で、アルツハイマー型認知症の場合、初期には2割くらいの人がうつ状態になることが知られています。脳血管性認知症の場合も、かなりの割合でうつ状態になります。アルツハイマー型認知症の患者さんでも脳血管性認知症の患者さんでも、このときのうつ状態には、意外にうつ病の薬が効きます。そういった意味でも、まずはうつ病の薬を試してみることには、かなり価値があると思うのです。
仮にうつ病とアルツハイマー型認知症が併発していたとして、うつ病が良くなると、物忘れも日常生活動作もかなり改善します。これまで着替えをしなかった人が着替えをするようになったり、食欲が改善して元気になったりするのです。物忘れも改善するので、あまりボケた感じがしなくなることもあります。患者さんによっては、「認知症が治った」と感謝されたこともあります。ただしこの場合、実はうつ病が治っただけで認知症は残っているので、後々、物忘れや知的機能の低下が起こり、今後進行していくことは、ご家族の人に説明します。