晩年は好々爺だった父。かつてゲンコツもあった「昭和の厳格な父」が懐かしく思えるようになりました

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:くあら
性別:女
年齢:53
プロフィール:生まれ変わってもお父さんの子がいいなあ。

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父は10年ほど前に70代後半で亡くなりました。

その翌年に義父も亡くなり、私には「お父さん」と呼べる相手がいなくなりました。

昭和ひとけた生まれの父は、良くも悪くも「昭和のお父さん」といった感じの人でした。

職人気質で頑固、生真面目で亭主関白。

家では縦のものを横にもしない人でした。

私は3人姉兄の末っ子です。

3人とも子どもの頃には叱られると当たり前に手を上げられていました。

叩かれることはもちろん嫌でしたが、間違ったことをしたらゲンコツされるのはある意味仕方のないことだと子ども心に思っていました。

姉や兄が叱られているのを見て育ったこともあり、比較的要領よく生きてきた気がしますが、それでも年に数回はゲンコツがあったように思います。

中学生の頃、何が原因なのかも今となっては定かでないのですが、ものすごく父に叱られました。

我が家では父に叱られて口答えするのはもってのほかという空気があり、謝るかゲンコツかそのどちらかでした。

大きくなると意地を張って先に謝らず、ゲンコツをされて結局謝る、というパターン。

その日、「絶対に謝るもんか」と意地になっていた私はかなり強い口調で父に口答えをしました。

もちろん父も「親に向かって偉そうな口を叩くな!」と激怒していましたが、それに輪をかけて言い返した私。

今までならそこで父のゲンコツが飛んでくるのですが、こぶしを握る父に私は泣きながら「叩かないで!」と叫び、逆に父の胸をドンドンと叩いて攻撃したのです。

傍らでオロオロと見ていた母が「やめなさい」と私を引き離すまで、涙でぐちゃぐちゃになりながら父を叩いていました。

「自分の部屋で反省しなさい」と母に言われ、泣きながら離れましたが、去り際に見た父の呆然とした悲しそうな顔が今でも忘れられません。

その後、父母とどのようなやりとりがあったのかは全く憶えていません。

その日が境かどうかもおぼろげなのですが、それから父のゲンコツはなくなったような気がします。

その後、父母からこの時のことを聞かされたり、自分から聞いたりすることもなく今に至ります。

晩年、孫に接する父は、私が小さい頃に見ていた父とは別人のような好々爺。

私の子ども達は「おじいちゃんは昔は怖かったんだよ」と言っても信じないくらい、孫を甘やかしていました。

私も昔のことなど忘れて父と対等に渡り合っていました。

子どもを叩くことには賛成できませんが、あの頃の「厳格なお父さん」を懐かしいなと思えるような歳に私もなったような気がします。

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