「31音の中に物語が見えた」ドラマ「舞いあがれ!」脚本家・桑原亮子さんインタビュー

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今、「短歌」が注目を集めています。そのきっかけのひとつともいえるのが、昨年10月から今年の春にかけて放送された、NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』。本作にはヒロインの幼なじみが詠む短歌が登場しますが、31文字という短いことばの中にギュッと凝縮された想いの深さや、言葉をひとつひとつ吟味し、つむいでいく短歌のおもしろさに惹かれる人が続出。放送後には歌人・俵万智さんを始め、番組ファンが感想をツイートするのが恒例となり、5月にはスピンオフの歌集『トビウオが飛ぶとき』が刊行されました。

さらには、826日(土)にはドラマ内で登場した歌人・秋月史子と編集者・リュー北條が登場した『舞いあがれ!』のスピンオフラジオドラマ『歌をなくした夏』が放送されます。

ドラマの中に登場した数々の短歌を詠んだのは、『舞いあがれ!』の脚本家、桑原亮子さんです。『歌会始の儀』の入選者の一人に選ばれるなど、歌人としての顔も持つ桑原さんに、短歌との出会いやその魅力などについて、お話を伺いました。

■短歌が教えてくれた、私のまだ知らない世界

――桑原さんが短歌と最初に出会ったのは、いつ頃のことでしょうか。
小学校学校の授業で短歌を習った時に、俵万智さんの短歌を読み、たった31音の中に物語が見えることにびっくりしたことを憶えています。

――どんな短歌だったのか、気になります。
<今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど>(俵万智)

という短歌です。この歌を読んだ時には、私はまだ菜の花のからし和えを食べたことがなくて、「どんな味なんだろう?」などと思いをめぐらせていました。

――リアルな世界でからし和えに出会う前に、歌の中で出会われたんですね。
そうなんです。私にとって短歌は、まだ知らない世界を教えてくれる存在でした。

――では、ご自分で短歌を初めて詠まれたのは?
小学校6年生の時、「修学旅行の思い出を短歌にしてください」という宿題が出て、初めて短歌を作りました。そのとき私が作ったのは、

<広島の石に「平和」の文字を書き祈ったことを今も忘れず>

という短歌でした。

その後、短歌とは縁がなかったのですが、大学生になって歌人の水原紫苑先生の短歌のゼミに入り、ふたたび短歌を詠むことになりました。ゼミで古今東西の名歌をじっくり学ぶことも楽しかったですし、クラスメイトが作るみずみずしい短歌を批評するのも楽しかったですね。

自分で歌を詠む楽しさは、「ふだんは言えない気持ちを表現できる」というところにあった気がします。

――当時は、昼間は文学部、夜は司法試験予備校で学ぶ忙しい毎日を送られていたそうですが、桑原さんにとってゼミで短歌を作る時間は、どんな時間でしたか?
現実の大変なことを忘れて、自分自身に向き合える時間でした。それは、ずっと上り続けないといけない階段で立ち止まって、踊り場から風景を眺められる時間のようなもの。歌を作ることで、なぜか少し元気が出たことを思い出します。

――大学を卒業されてからも、ずっと短歌は詠まれていたのでしょうか。
大学を卒業してからは、短歌会に入っていた時期もありました。脚本家の仕事が忙しくなって時間がとれなくなり、短歌会は辞めましたが、短歌は細々と続けています。

――ちなみに、最近詠まれた歌は?
近所に咲いていた白木蓮が美しくて、その瞬間をとどめておこうと歌にしました。歌が浮かんだ時に書き留めるためのノートは、いつも持ち歩いています。

■物語のキャラクターとして歌を詠むということ

――脚本を担当されたドラマ『舞いあがれ!』では、主人公・舞の幼なじみで歌人の梅津貴司が詠む短歌が話題を集めました。作品の登場人物として短歌を作る時、どのようなことを考えていらっしゃいましたか?
キャラクターによって、言葉でどう世界を捉えるかは違ってきます。短歌を通じて、そのキャラクターだけの世界が見えてくるように気をつけました。

――ドラマの放送中には、貴司の歌に心を動かされた、励まされたというツイートをよく見かけました。
赤楚衛二さんが作り上げてくださった「歌人・梅津貴司」というキャラクターのおかげだと思います。貴司くんは舞ちゃんが辛いとき、心の底から出たことばで歌を詠みました。純粋なキャラクターが純粋な気持ちで読んだ歌だからこそ、視聴者の方々の心にまっすぐ届いたのではないでしょうか。

ドラマが終わってからも、「貴司くんの短歌が好きだった」と言っていただけることがあり、とてもうれしく思っています。

――短歌を作る際には、赤楚さん演じる貴司の姿から影響を受けたこともあったのでしょうか?
ありました。ドラマの後半は、赤楚さん演じる貴司くんこそが「歌人・梅津貴司」だと思い、「この人が詠むならどんな歌だろう?」と考えて作品を作っていました。

――『トビウオが飛ぶとき「舞いあがれ!」アンソロジー』には、ドラマでは紹介されなかった貴司の歌や、貴司を短歌の世界に導いた八木巌、貴司の短歌教室に参加していた子供たちの作品も収められています。これらの作品の中には、「桑原亮子」からは出てこないことばや、「このキャラクターだから生まれた」という短歌もあるのでしょうか。
<さんかん日パパに手をふる「バイバイじゃないよ」「ありがとう」って意味だよ>

<ピッチャーに謝ったけどあのフライとれなかったのは風のせい>

この2首をはじめ、『トビウオが飛ぶとき』に収められている子どもたちの歌は、全部そうです。

<桟橋の果てへ駆けてくこの心舞いあがらせるための滑走>

この貴司くんの歌も、貴司くんというキャラクターだから詠んだ歌だと思います。

今回、物語の中のキャラクターとして歌を詠んだことは、とても貴重な経験になりました。自分では詠まない歌を詠む機会をいただけて、少し視界が広くなったような気がします。この経験が自分の歌にどう影響するのかはもう少し時間が経たないと分かりませんが、ふだんとは違う目で世の中を見るのは、おもしろい経験でした。

■"気持ちが動いた時"が歌の生まれるタイミング

――ドラマをきっかけに、短歌を始めたいと思っている人が増えています。そういった人にアドバイスをするとしたら...?
短歌の上の句、「五七五七七」の「五七五」の部分だけでも書き留めておかれることをおすすめします。チラシの裏でも、スマホのメモ帳アプリでもかまいません。ずっと短歌のことを考えていなくても、ふと思いつくことがあります。下の句を思いつくまで上の句を寝かせておく、というのがいいのではないでしょうか。

自分の気持ちが動いた時に、一言でもいいので、何が心に響いたかを書き留めていただきたいです。それがとっかかりになって、時間をかけて一首が完成することもあると思います。

気持ちを表す言葉が見つからない場合には、色々な歌人の短歌を読んでみるのがいいのではないでしょうか。ダンスも、リズムに慣れると自然に体が動きます。同じように、五七五七七のリズムに慣れると言葉が出てきやすいと思いますよ。


短歌の種となるのは、心の揺れ。その一瞬を見逃さず、じっと見つめてみる......。せわしなく流れていく毎日の中で、自分と向き合う時間が持てることも、短歌に惹かれる人が増えている理由の一つなのかもしれません。

取材・文/恩田貴子
 

桑原亮子(くわはら・りょうこ)さん

脚本家。1980年生まれ。京都府出身。大学卒業後にシナリオを書き始め、脚本家の道へ。主な作品に、ラジオドラマ『星と絵葉書』『夏の午後、湾は光り、』『冬の曳航』、ドラマ『禁断の実は満月に輝く』『心の傷を癒すということ』など。

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ラジオドラマ「歌をなくした夏」

「舞いあがれ!」のスピンオフラジオドラマ。826日(土)22時~2250分(全1回) NHKFMにて放送予定。(NHK「らじる★らじる」にて、放送後1週間聞き逃し配信あり)

 

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トビウオが飛ぶとき「舞いあがれ!」アンソロジー

桑原亮子/KADOKAWA

NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』に登場した詩や短歌を集めた詩歌集。主人公・舞の幼なじみで、後に夫となる梅津貴司が作った短歌を始め、ドラマの中では紹介されなかった秋月史子の「長山短歌賞」佳作受賞作や、リュー北條が文学青年だったころの短歌なども収録。「非公式応援歌人」としてSNSでも話題となった歌人、俵万智さん。

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