歌人・伊藤一彦先生が紹介する「短歌のじかん」。今回は「信頼」がキーワードの、短歌作りの心構えについて教えていただきました。
秋は短歌大会の多い季節です。
私も講師として招かれ、短歌作りの心構えをはじめ、短歌作りについて話す機会がしばしばあります。
自分の年の作歌体験から、その心構えを「信頼」の語をキーワードに話します。
第一は、五七五七七という形式への信頼です。
1300年の歴史を持ち、長い間、日本人の心を表現してきたこの形式は、私たちの大きな味方です。
自分一人の力ではとても表せない思いや考えを、五七五七七の形式が引き出し、導いてくれるのです。
第二は、自分自身への信頼です。
歌を作り続けていると、なかなか思うような作品ができず、自分は才能がないのだろうかと自信を失いかけることがあります。
でも、努力を続けていると、やがて発展した歌ができるのです。
うまい歌でなくても、自分らしさの出た佳い歌ができてくるといえます。
ですから、自分を信じてあきらめないことが大切なのです。
夏目漱石の『草枕』に、次のような一節があります。
葛湯(くずゆ)を練るとき、最初のうちは、さらさらして、箸(はし)に手応(てごたえ)がないものだ。そこを辛抱すると、漸(ようや)く粘着(ねばり)が出て、攪(か)き淆(ま)ぜる手が少し重くなる。それでも構わず、箸を休ませずに廻すと、今度は廻し切れなくなる。しまいには鍋(なべ)の中の葛が、求めぬに、先方から、争って箸に附着してくる。詩を作るのは正にこれだ。
見事なたとえで、さすがと感心します。
詩も短歌も同じく、あきらめないで手と心と頭を廻し続けることですね。
そうすると、「先方から」訪れてくるものがあるというわけです。
第三は、読者への信頼です。
自分の作品を読んで分かってくれる人がきっといるという信頼です。
それもレベルの高い読解力を持つ読者を想定したらいいと思います。
高いレベルの読者を想定している人は、自分の作品のレベルも上がります。
第四は、歌の対象への信頼です。
植物や動物、また山や川を歌いますが、それらを愛情を持って眺め、ともに地球上にある「いのち」として感じ信じるときに佳い歌ができる気がします。
<今月の徒然紀行17>
今回のこのコラムは、私が最近出した自分のエッセイ集について書かせてもらいます(自己宣伝ですみません)。
『歌が照らす』(本阿弥書店)という本です。本のタイトルの意味は、長く作歌を続けてきて、短歌に自分自身の心を、また人生をさまざまに照らされてきた気持ちがするからです。
もう一つは、古典から近代、現代までの多くの秀歌を味わうことで、人生と世界を教えられてきた気持ちがするからです。
このエッセイ集に私が忘れられない歌をたくさん紹介しました。元気と勇気を与えられてきた歌です。歌は「詠む」ことと「読む」ことの両方が大切ですね。