新型コロナウイルスの影響で、外出自粛の日々が続いている方も多いはず。でも、そんな時こそ、「季節を感じる」心を持っておきたいですね。昔ながらの季節感である「二十四節気と七十二侯」について、多くの書籍を担当してきたフリーライターの水野久美さんに教えていただきました。
日本の七十二候の成り立ち
自然に寄り添いながら暮らしてきた日本には、一年を72等分した「七十二候」という暦があります。
もともとこの暦は古代中国で考え出され、6世紀ごろに日本へ伝わりました。
現在の太陽暦が採用されるまで、1000年以上にわたり「旧暦」と呼ばれる太陽太陰暦が使われてきました。
旧暦では数年に一度、閏月を設けて13 カ月ある年を作っていましたが、これでは農耕や漁を中心とする人々の暮らしに支障が出てしまいます。
そこで、農作業などの目安にするために一年を24等分した「二十四節気」が生まれ、さらに72等分した「七十二候」が生まれました。
「立春」「雨水」「秋分」といった漢字二文字で表す二十四節気は、日本でも季節の目安として分かりやすく、現在もそのまま同じ名称が使われています。
しかし、七十二候を日本で同じように使用するには問題がありました。
もともと中国華北の黄河流域で作られた暦のため、日本の気候風土とは相違があったのです。
気象も違えば、草花の移ろいも、鳥や虫の行動も違います。
七十二候の名称は、「菜なむしちょうと虫化蝶かす」「桐きりはじめてはなをむすぶ始結花」など、5日ごとにめぐる繊細な季節の言葉で表現されるため、日本の風土や自然観に合わせて変える必要があったのです。
そこで江戸時代初期、「本朝七十二候」と呼ばれる日本の七十二候が誕生しました。
これは「貞享(じょうきょう)の改暦」を行った天文暦学者で、映画『天地明察』の主人公でも知られる渋川春海(しぶかわはるみ)により改訂されたもの。
自然に寄り添う日本人にとって、暮らしの大切な暦となりました。
その後は「本朝七十二候」の基本をそのまま受け継ぎながらも、時代や気象の変化に合わせて少しずつ修正が重ねられました。
現在は、1874(明治7)年の「略本暦」に掲載される七十二候がおもに使われています。
二十四節気(2020~21年の日付)
【春】
立春(りっしゅん)......2月4日
雨水(うすい)......2月19日
啓蟄(けいちつ)......3月5日
春分(しゅんぶん)......3月20日
清明(せいめい)......4月4日
穀雨(こくう)......4月19日
【夏】
立夏(りっか)......5月5日
小満(しょうまん)......5月20日
芒種(ぼうしゅ)......6月5日
夏至(げし)......6月21日
小暑(しょうしょ)......7月7日
大暑(たいしょ)......7月22日
【秋】
立秋(りっしゅう)......8月7日
処暑(しょしょ)......8月23日
白露(はくろ)......9月7日
秋分(しゅうぶん)......9月22日
寒露(かんろ)......10月8日
霜降(そうこう)......10月23日
【冬】
立冬(りっとう)......11月7日
小雪(しょうせつ)......11月22日
大雪(たいせつ)......12月7日
冬至(とうじ)......12月21日
小寒(しょうかん)......1月5日
大寒(だいかん)......1月20日
5月、これからの暦を見てみましょう
「蚯蚓出」(みみずいずる)【第二十候】
5月10日~14日ごろ
意味...蚯蚓が地上に這い出る
土を肥やす蚯蚓の目覚め
土の中で冬眠していた蚯蚓(みみず)が、遅い目覚めで這い出してくるころ。蚯蚓は目がないため、「目見えず」が変化したものが語源に。目は見えませんが光を感じる細胞があり、暗がりへ進む性質を持っています。古くから、蚯蚓がいるとよく肥えた土ができるといわれてきました。土の中の微生物を食べ、排出した糞により植物が育ちやすい土質に変えてくれるのです。また、漢方では解熱や気管支を広げて咳を和らげる効能も。
「竹笋生」(たけのこしょうず)【第二十一候】
5月15日~19日ごろ
意味...筍が生えてくる
飛躍の生長を遂げる初夏の筍
筍(たけのこ)が顔を出すころ。「孟宗竹(もうそうちく)」は3月中旬から出回りますが、日本原産の「真竹(まだけ)」は5、6月が旬です。筍は生長が早く、一晩で一節伸びるとも。そこから「筍の親優(まさ)り」といい、子どもが親より優れていることをたとえることわざも生まれました。また、この時季には雨が降ると次々に筍が生えてきます。転じて似たようなことが一斉に続くことを「雨後(うご)の筍」といいます。
「小満」(しょうまん)【節気】
2020年は5月20日
日を追うごとに気温も高くなり、万物が次第に長じて天地に満ち始める時季。本来は麦の穂が実り始め、ほっとひと安心(少し満足)という意味から「小満」といいます。新緑も万緑へと移り変わるころ。「緑」という語は、もともと色名ではなく瑞々しさを表す言葉で、それが転じて新芽の色を示すようになりました。萌え出たばかりのやわらかな新芽は萌黄(もえぎ)色、草は若草色、稲は若苗色。それが若葉色、若緑、苗色へと野山にグラデーションを描きます。
「蚕起食桑」(かいこおきてくわをはむ)【第二十二候】
5月20日~25日ごろ
意味...蚕が桑の葉を食べ始める
繭を作るため桑の葉を食む
古来より蚕(かいこ)は「お蚕様」と呼ばれるほど、繭(まゆ)からとれる絹糸は人々の生活を支える貴重な収入源でした。何千年も前から人に飼育されてきたため、人間の保護の元でしか生きられなくなった虫といわれます。ちょうどこの時季にあたる旧暦4月は、蚕の餌である桑の葉を集めることから「木の葉採り月」という別名も。かつては日本のいたるところに桑畑が見られ、桑の新芽が出たころに蚕がちょうど孵化(ふか)するよう調節されてきたといわれます。
「紅花栄」(べにばなさかう)【第二十三候】
5月26日~30日ごろ
意味...紅花が盛んに咲く
染料に重宝される鮮やかな紅花
古代エジプト時代から染料として利用されていた紅花。中国の呉ごを経て日本に伝来した藍(染料)であることから、「呉藍(くれのあい)」が転じて紅(くれない)に。染料にするには咲き始めがよいので、こまめに外側から摘んでいきます。そこから別名「末摘花(すえつむはな)」とも呼ばれました。花そのものは黄色ですが、水にさらしては何度も乾燥させながら紅色にします。これが口紅や衣装などの染料に、種を搾って採れる紅花油は食用油やマーガリンの原料になります。
絵/森松輝夫