SNSに振り回されている人へ。「何を言われても平気な人」になるススメ

SNSの普及が、新たなストレス源になっている――。「世界が尊敬する100人」に選ばれた禅僧・枡野俊明住職はそう指摘します。SNSに振り回されず、穏やかに生きるためには、どうすればよいのでしょうか。そこで、住職の新刊『何を言われても「平気な人」になれる禅思考』(扶桑社)より、繊細な人が傷つかずに暮らすためのエッセンスを連載形式でお届けします。

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この時代がストレス社会であることに異を唱える人はいないでしょう。

しかも、ストレスはますます苛酷になっているように思えます。しかし、時代がどのようなものであっても、人が、変わることなく、願うのは、心穏やかに、清々しく、そして、いきいきと生きていく、ということではないでしょうか。

そのためのキーワードになるのが、「平気な人」だとわたしは考えています。

ありきたりな言葉だと思われるかもしれませんが、これこそ、禅が求める究極の姿ともいえるのです。

曹洞宗大本山永平寺の第78世貫首であられた宮崎奕保(えきほ)禅師は、100歳をすぎてなお、雲水(うんすい)たちと変わらない修行生活をつづけておられた方として知られています。その宮崎禅師がこうおっしゃっています。

「人間はいつ死んでもいいと思うのが、悟りやと思うておった。ところが、それは間違いやった。平気で生きていることが、悟りやった」

禅師に倣(なら)うのは僭越(せんえつ)のきわみですが、わたしは「平気な人」をこんなふうなイメージとして捉えています。

「予期しない状況に立っても、自分を忘れず、そのときなすべきことを、正しく判断して、行動できる人」

考えてみれば、人生には予期しない状況が頻繁(ひんぱん)に起こりますし、世の中は思い通りにならないことだらけです。そこであわてふためいたり、自分を見失ったりするから、ストレスを抱え込むことになり、悩みや苦しみにもつながっていくのです。

さて、「平気な人」になるための"土台"は何でしょう。

もちろん、いくつかあると思いますが、わたしは、「嫌われたくない」という思いを手放すことが、その中心になると思っています。

人には誰にだって、「嫌われたくない」という思いがあるでしょう。とりわけ、周囲の目が気になる、人にいわれたことをいつまでも引きずる、小さなことなのに気に病む、思っていることがなかなかいえない......といった、"繊細な人"は、その傾向が強いのだと思います。

その結果、嫌われないために、自分を押し殺したり、自分の意見を曲げて、他人に合わせたり、一人で重荷を背負い込んだり、がまんしたり、ということになっているのではありませんか?

それでは、いつだって、どこにいても、平気な自分ではいられませんね。

まず、思いきって、「嫌われたくない」という思いを捨ててしまいましょう。大丈夫、"想像している"ようなこと(たとえば、仲間外れにされる、悪口をいわれる、仕事の人間関係がうまくいかなくなるetc.)は起こりません。心がスーッと軽くなって、気持ちが晴れやかになる。そんなうれしい変化が実感されるだけです。

いうまでもないと思いますが、心の軽やかさも、晴れやかで前向きな気持ちも、「平気な人」には不可欠な要件です。

わたしはこれまでも、折りに触れて、ネット社会、なかでもSNSの普及が、明らかに、新ストレス源になっていることを指摘してきました。

そこから進めて、今回、はじめて、禅の教え、考え方をもとに、じっくり腰を据えて、深く、その問題ととり組んでみました。

いま、LINEが気になって片時もスマートフォンから離れられない人がいると聞きます。Twitterやインスタグラムで自分をアピールすることに躍起になり、そのためにたくさんの時間を費やしている人もいるようです。

さらに、自分が発信した情報に対する「いいね」の数に一喜一憂し、批判的な意見が多数寄せられたり、炎上したりすれば、落ち込んだり、傷ついたりする。この現状は、SNSに振りまわされている、といっても、けっして過言ではないでしょう。

あらためてSNSとのつき合い方を見直してみる。それは、この時代を生きている人にとって必須の課題であり、急務でもあると思います。

SNSの世界は言葉の"解放区"といっていいでしょう。匿名性が担保されるということもあって、誹謗(ひぼう)中傷でも、揚(あ)げ足とりでも、罵詈雑言(ばりぞうごん)でも、いいたい放題の様相を呈しています。

なにげない意見を発信しただけなのに、それが攻撃の標的になる、といったことも、珍しくはないのではないでしょうか。しかも、いったん標的にされると、不特定多数の人たちから、嵩(かさ)にかかったように、集中砲火が浴びせられる。これは相当な精神的ダメージ、大きな心の負担をもたらしそうです。ましてや、繊細な人ならなおさらでしょう。とても、平気ではいられないはずです。

ここでも禅が貴重なヒントをくれます。SNS環境のなかで、誰にでも起こりそうな"つらい状況""厳しい事態"を、どう切り抜けていったらいいのか。禅の教えに照らすと、それが明確になります。平気でSNSを"使いきる人"になれる。そう断言しましょう。

「平気な人」書影.jpg5つの章にわたって、「繊細な人が傷つかないための41の教え」を掲載。SNSでも実生活でも「何を言われても平気な人」になるためのヒントが満載です。

 

枡野俊明(ますの・しゅんみょう)

曹洞宗徳雄山健功寺住職、多摩美術大学環境デザイン学科教授、庭園デザイナー。大学卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行い、国内外から高い評価を得る。2006年「ニューズウィーク」誌日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。主な著書に『禅、シンプル生活のすすめ』『心配事の9割は起こらない』などがある。

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『何を言われても「平気な人」になれる禅思考』

(枡野俊明/扶桑社)

「もう心ない悪口に、振り回されない!」繊細な人ほど、心ない悪口に翻弄され、ストレスを溜め込んでしまいます。禅の教えの究極は“動じない心”を持つこと。「世界が尊敬する100人」に選ばれた禅僧が、SNSで振り回されず、穏やかに生きて行く方法を初めて記した注目の新刊です。

※この記事は『何を言われても「平気な人」になれる禅思考』(枡野俊明/扶桑社)からの抜粋です。
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