「私が死んでも悲しまないで...」教え子への最期の祈り/死にゆく人にあなたができること(1)

大切な家族や友人の死は、その先の人生を左右するほどの深い悲しみに包まれます。そんなつらい体験が、「苦しいことだけでなく、人生で最も大切なことを教えてくれる」という聖心会シスター・鈴木秀子さんは、著書『死にゆく人にあなたができること』(あさ出版)の中で大切な人を幸せに送り出すためのヒントを教えてくれます。今回は同書から、死との向き合い方を気づかせてくれるエピソードを厳選してお届けします。

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家族の葛藤を超えて深い絆が結ばれる

私が初めて大学の教壇に立ったときの忘れ難い教え子の一人、奈緒子(仮名)さんのお話をしましょう。

すらりと背が高く、容姿端麗という言葉がぴったりだった奈緒子さん。

とても目立つ存在で、他の学生の羨望の的でした。

でも本人は奥ゆかしく、はにかみ屋で、目立つことは好きではない性格でした。

私のところに質問に来るときなど、いつも友人の後ろにいて、恥ずかしそうにしているような女の子でした。

そんな彼女と20数年ぶりに再会する場所が病室になろうとは、当時の私は想像もしていませんでした。

ある年、聖心女子大学で卒業生たちが集うイベントがありました。

会場に続く廊下を歩いていると、ふと前方に一人の女性が立っているのが目に入りました。

その女性に徐々に近づいていきながら、私は不思議な引力のようなものを感じていました。

何か大きな苦しみと悲しみを抱えながらも、それを受け入れつつあるような、深い静けさを全身にまとっていたからです。

彼女が私に顔を向け、目が合いました。

卒業生だと思うのですが、誰だったかは思い出せません。

どこか、なつかしいような思いを感じていると、彼女の唇が動きました。

「先生......明後日、妹に会っていただけるのですね」

彼女は奈緒子さんの姉の亜沙子(仮名)さんでした。

奈緒子さんが今、重い病に侵され余命いくばくもない状態であるとの連絡を受け取っていた私は、その場で思いがあふれ、ただ無言でうなずき、亜沙子さんの手を握りしめました。

すぐに多くの人が集まってきたので、彼女とはすぐに別れました。

その場で交わした言葉はほとんどありませんでした。

亜沙子さんには言いたいこともたくさんあったと思いますが、私たちにはそれでも十分でした。

私と亜沙子さんには言葉にはできない不思議な一体感が生まれていました。

2日後、亜沙子さんが私を迎えにきてくれ、病院へと向かう車の中で奈緒子さんの話を聞きました。

結婚して、社会人の長男と大学生の長女、それに高校生の三人の子供に恵まれ、暖かい家庭を築いてきたこと。

私に会いたがってくれていたけれど、病気でやつれた姿は見せたくないと話していたこと。

主治医からは、もういつ亡くなってもおかしくない状態だと告げられていること──。

「妹はまだ、自分が助からない病気だということを知りません。私も彼女の夫のUさんも本当のことを話していないのです。それにUさんは、まだあの子の死を受け入れることができないでいます。病院を変えて手術を受けさせたいとまで言い張るのです。これまで奈緒子は、仕事で多忙な夫が少しでもリラックスできるようにと心を砕いてきました。小さいころからやさしくて、人に気を遣い、人のためにつくす子でしたから、死の間際になってさえも夫に気を遣っていて......。言いたいことも言えていない、自分の本当の気持ちを押し殺しているのが私にはわかるのです。それが、かわいそうで......」

奈緒子さんの気持ちも、ご主人の気持ちも、亜沙子さんの思いも私には痛いほどに伝わってきました。

【続きを読む:死にゆく教え子との再会】

 

鈴木秀子(すずき・ひでこ)
聖心会シスター。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。文学博士。フランスやイタリアに留学し、ハワイ大学、スタンフォード大学で教鞭をとる。聖心女子大学教授(日本近代文学)を経て、国際コミュニオン学会名誉会長に。聖心女子大学キリスト教文化研究所研究員・聖心会会員。文学療法、ゲシュタルト・セラピー。日本にはじめてエニアグラムを紹介。著書多数。

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『死にゆく人にあなたができること』

(鈴木秀子/あさ出版)

死にゆく大切な人に、どうすれば穏やかで幸せな最期を迎えさせてあげることができるのか。悲しみや後悔を癒し、残された人が前を向いて生きていくためには何が必要なのか。大切な人との最期の別れを後悔しないための死への向き合い方、考え方をカトリックのシスターが教えてくれます。

※この記事は『死にゆく人にあなたができること』(鈴木秀子/あさ出版)からの抜粋です。
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