赤ちゃんを抱き、疲れ切った様子の母親が涙。30年たっても忘れない医師の優しい一言

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:めぴ
性別:女
年齢:49
プロフィール:なるべく笑いに変えたい大阪人。すぐツッコミ役になってしまう。

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もう30年近く前、20歳頃の私は耳鼻科の受付でバイトをしていました。

先生は50歳前後だったでしょうか、とても優しく、腕も良いと評判で、電車で1時間かけて来られる患者さんも珍しくありませんでした。

ある日、いつも顔をあわせる製薬会社の営業の方が、産まれて間もないお子さんを診察に連れて来られることになりました。

20代のその方は、結婚して私がバイトをする病院の近くに住んでおられました。

先生の知り合いが来院するのはよくあることでしたが、その日はなんとなくいつもと雰囲気が違う気がしました。

他の患者さんのいない時間にその方が来られ、そして続いて入ってきた奥さんを見て、正直ギョッとしました。

小柄な方でずっとうつむいていて表情は見えませんが、髪の間から見える顔色は青ざめているどころではなく真っ白で、反射的に「幽霊みたい」と思ってしまいました。

恐らく睡眠も食事もろくに取っておられない様子に、おろおろしました。

診察が始まってから、抱っこされているそのお子さんが障がいを持って産まれてきたことを知りました。

「それで...」と考えたりして、なんだか奥さんのほうを見られませんでした。

その後も奥さんの声は全く聞こえず、先生の低い声と助手の女性の明るい声だけが響いていました。

少し鼻水が気になるといったことだったと思いますが、診察自体はあまり時間もかからずに終わりました。

終わったのを察してカルテを取りに行った時、先生は奥さんと向かい合い、彼女の手をとって「産まれてきてくれて良かった、って思える時が必ず来るから」と言いました。

まるでそれが何かの合図だったように、奥さんは顔に手をやって「う、う...」と泣き始めました。

実は、先生の末の息子さんにも同じ障がいがありました。

今思い返しても、先生の言い方は励ますでもなく、特に力を込めた風でもなく、どちらかというと淡々としていました。

それでもたまたま聞いてしまった私は、何か訳の分からない気持ちになって、なぜか逃げるようにカルテを抱いて受付に移動したのを覚えています。

なんと言うのか見当もつかず、表現もしようのない初めての心の動きに焦るように。

その日は私が保険証や診察券をお返しし、会計をする当番でした。

自分が最後にその方に接することになる、何を言おうか、人生経験のない私はそんなことを一生懸命考えていました。

今ならそうして考えること自体おこがましいと感じるのですが、私なりに何か声をかけたかったのです。

でも当然というべきか、何にも思い浮かびませんでした。

ただ、精一杯心を込めて「お大事にしてください」と言いました。

今でも、その時の先生の口調も、眼鏡をかけて下を向いている奥さんの姿も、鮮明に思い出せる出来事です。

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たった一言、それだけでも救われる事ってあるんですよね。 涙がでました。 素晴らしい先生ですね。

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