相続、介護、オレオレ詐欺...。年を重ねるにつれ、多くのトラブルに巻き込まれるリスクがありますよね。そこで、住田裕子弁護士の著書『シニア六法』(KADOKAWA)より、トラブルや犯罪に巻き込まれないために「シニア世代が知っておくべき法律」をご紹介。私たちの親を守るため、そして私たちの将来のための知識として、ぜひご一読ください。
介護トラブル「介護者による介護放棄・殺人」
介護や生活の世話を行っている家族が疲れ果ててしまうと、介護が必要な高齢者の世話をせず、放任してしまうことも。
入浴をさせず異臭がする、髪が伸び放題になっている、皮膚が汚れている、水分や食事を十分に与えられず、空腹状態が長時間にわたって続き、脱水症状や栄養失調の状態にある、室内にごみを放置するなど、劣悪な住環境の中で生活させるというような惨状になってしまうのです。
【この条文】
刑法 第218条(保護責任者遺棄等罪)
老年者、幼年者、身体障害者、または病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、またはその生存に必要な保護をしなかったときは、3カ月以上5年以下の懲役に処する。
介護放棄
「現代のうば捨て山」と言われた事件があります。
認知症の疑いのある79歳の父を、40代の娘が高速道路パーキングエリアに置き去りにしたものです。
娘は保護責任者遺棄の疑いで逮捕されましたが、最終的には不起訴処分になりました。
不起訴になった理由は、たまたますぐに救護されて、生命の危険がさほどなかったこと、今後も父の介護をする責任があり、そのための手段を講じられる見込みがあること、事件に至るまでにかなりの同情すべき背景があったことなどが考慮されたとみられます。
しかし仮に、死亡という重大な結果になっていたら、不起訴ということはまずなかったでしょう。
【その他の条文】
刑法 第219条(遺棄等致死傷罪)
前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
介護殺人
介護殺人の背景は?犯人像は?
介護疲れから、子どもが高齢の親を殺害する、または、介護している夫婦間で殺害、あるいは無理心中に至るという痛ましい事件に発展するケースが毎年のように起きています。
通常の殺人事件数は減少しているのに、このような犯罪については、増加傾向にあります。
親族間の殺人における高齢加害者の多くは前科・前歴がなく、「介護疲れ」や「将来を悲観」して犯行に及ぶものが多いです。
一般の殺人事件と違い、長年社会に貢献し、まっとうに暮らしてきた人が「介護」という壁にぶち当たると、一転、犯罪者になってしまうことがままあるのです。
東京地方裁判所の元刑事裁判官が介護殺人犯になったという衝撃的なものもありました。
【その他の条文】
刑法 第199条(殺人罪)
人を殺した者は、死刑、または無期、もしくは5年以上の懲役に処する。
心理状況は?
介護疲れなどのストレスが重なって「殺したい」「もういやだ。一緒に死んでしまいたい」と思う瞬間があっても、なんとか踏みとどまる人が多いでしょう。
しかし、最悪の事態に至った経緯として、「認知症・寝たきりなどの被介護者の病気が深刻である」「不眠や食欲不振など介護者の体調悪化で限界にきている」「世帯の経済的困窮で、助けや介護サービスを求めるにも資金の余裕が一切ない」などが認められます。
これらの要素が重なると、一人の力ではもはや抱えきれないのでしょう。
また、加害者が高齢であれば、老い先短いことは自覚していますから、「死」を選択しやすいのかもしれません。
育児と違って、介護は将来状態が悪化すると想定されますから、絶望感を抱くのも無理からぬことでしょう。
さらに、介護者にうつ病がみられるケースも少なくありません。
健康な精神状態であればなんらかの対処法を検討できるのでしょうが、うつ病によって前向きな思考が奪われ、よけいに「死」を強く意識してしまうのでしょう。
予防するために!
介護保険制度が創設される20世紀まで、「介護は家族の責任」とされてきました。
しかし、今や「社会の責任」として社会保険の制度が構築されています。
さまざまなサービスがあることを知り、上手に利用して、心身だけでなく生活面での負担感を取り除くことは、介護される人だけでなく、介護する人にとっても重要です。
周囲の人も、できるだけ行政の窓口につないでいくことが必要です。
都会では、地域からの孤立化が甚だしく、少人数家庭がさらに増加しています。
個人が孤立し、孤独な世界に入ってしまい、背負いきれないという事態に至らぬよう、悲惨な事件が起きないよう、個人も地域も行政も元気なうちから備えていきましょう。
ほかにも書籍では、認知症や老後資金、介護や熟年離婚など、シニアをめぐるさまざまなトラブルが、6つの章でわかりやすく解説されていますので、興味がある方はチェックしてみてください。