高齢者のうつが認知症より怖い理由【精神科医・和田秀樹先生が解説】

いざとなったら介護保険の利用を

認知症がかなり重くなれば、何もできなくなって、人の介護が必要となりますが、それは迷惑をかけると言えるのでしょうか?

そのために介護保険制度があるのです。介護保険の導入後、昔ほど施設に入るのは難しくなくなりましたし、介護費用が保険でカバーされるので、介護付きの有料老人ホームも以前よりはかなり安く利用できるようになっています。家族が迷惑だと思ったり、自分が迷惑をかけたくないと思えば、老人ホームに入ればいいのです。ついでに言うと、人間の生存本能というものは意外に強いようで、かなり認知症が進んでも、コンビニに買い物にも行けますし、それで自分で食事を取って一人暮らしを続けているお年寄りも、私はたくさん知っています。

そういう意味での迷惑でなく、徘徊したり、大声を出したり、便をこねたり、それを家中に塗り付けたりして迷惑をかけるのではといった心配をする人もいるでしょう。こういう異常行動は、BPSD((Behavioral and Psycho logical Symptoms of Dementia =認知症の行動・心理症状)といいますが、全ての認知症に起こるわけではありません。2020年の認知症の患者数(65歳以上)は602万人と推計されています。つまり、日本人の20人に1人は認知症なのです。もし認知症の人がみんな徘徊するなら、街中いたるところで徘徊高齢者を見かけるはずですが、そんなことは決してありません。

認知症の多くはある種の脳の老化現象なので、大人しくなる人の方が圧倒的に多いのです。最近外出しなくなったなと思っているうちに、買い物などに全く興味がなくなり、そのうちに孫の顔も分からなくなって、ようやく認知症に気づくということも珍しくありません。大人しくなっているうちは問題行動が目立ちませんし、知的機能の低下も見た目には分かりにくいので、認知症だと気づかれにくいわけです。いずれにせよ、人に迷惑をかけるほどの問題行動は、一般に考えられているよりずっと少ないものです。

要するに、認知症というのは、本人の主観では幸せな状態のことが多いし、少なくともすぐには人に迷惑をかけるような病気ではないのですから、それほど恐れる必要はないというのが、長年の高齢者医療の経験から得た結論です。

【案外幸せな期間が長い認知症】
認知症であることを意識せずに過ごす人も多く、自立した生活を続ける人も少なくありません。

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意欲や食欲の減退が身体と頭の機能低下に

それに比べるとうつ病はつらい病気です。

軽いうちから悲観的、自責的になり、「これから生きていても何もいいことはない」とか「自分は本当に老いぼれのクズ人間だ」「みんなに迷惑をかけている」などと思うようになります。ひどくなると、「生きていてはいけない人間だ」「早く死にたい」などと考えるようになり、毎日生きていることがつらくなったり、最悪の場合、自殺行動に出ることもあります。そして、少なくない数が、本当に自殺してしまうのです。

症状が進むと、身体が重くてだるくて仕方なくなるようです。重症のうつ病の人に話を聞くと、熱が出ているわけでもないのに、毎日、39度の熱があるときと同じ位だるいというのです。高熱を出したことがある人ならそのつらさは分かることでしょう。風邪など原因の分かっている病気であれば、治ればこのだるさから解放されるという希望ももてますが、うつ病の場合、いつそれがくるか分からないから絶望的になるのでしょう。

さらに、食欲も落ちます。

熱を出したときと同じく、何も食べたくなくなり、何を食べても味気なく感じるといいます。すぐにお腹がいっぱいになり、場合によっては吐き気も催します。食べるという人間の基本的な楽しみが奪われてしまうのです。私の数少ない趣味がグルメなので、こういう状態には絶対になりたくないと思いました。

命を縮めるという点では、食欲不振が脱水につながることもあります。人間の身体の中の水分量は、歳をとるほど減ることが知られています。一般成人では体重の60%が水分ですが、高齢者では50%に減ります。そのため、水分摂取の不足で、高齢者は簡単に脱水状態になってしまいます。脱水が起こると喉が渇いたり、汗をかきにくくなりますが、ひどくなると血圧が下がることもあります。それがふらつきや失神の原因になるのです。それ以上に怖いのは、血液中の水分が減って血が濃くなり、脳や心臓の血管が詰まりやすくなってしまうことです。これは死につながりかねませんし、身体機能や認知機能の低下につながることも珍しくありません。こういう点でも、うつ病は認知症より怖いのです。

 

<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

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『65歳からおとずれる 老人性うつの壁』

(和田秀樹/KADOKAWA)

1078 円(税込)

幸福な高齢者になるには、65歳からおとずれる「老人性うつ病」の壁を乗り越えることが必須。30年以上にわたって高齢者の精神医療に携わってきた著者が教える「うつに強い人間になって、人生を楽しむための一冊」。

※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

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