なかなか治らない「慢性的な腰痛」。もしかすると、腰以外の部分に原因があるかもしれません。生活習慣、体の硬さ、心、脳、睡眠の専門家5人が追究した「腰痛の正しい原因」について、『あなたの腰痛が治らないのは治し方を間違えているから』(日本腰痛研究開発機構/アスコム)より連載形式でお届けします。あなたの腰痛の治し方が見えてきますよ。
「腰痛」という病気はない
これまで整形外科医として数多くの腰痛患者を診てきましたが、腰痛の厄介なところは、明確な原因が特定できないケースが多いことです。患者が痛みを訴えているのに、医者にもその原因がわからない。これはどういうことなのか、少し詳しく説明します。
最初に知っていただきたいのは、「腰痛」は病名ではなく、腰が痛いという症状の名前であることです。様々な疾患や状態を含んだ複合的な概念であり、医学上明確な定義が存在しません。
そんな「腰痛」のうち、医学的に原因を断定できるものは、骨の腫瘍や感染症(化膿性椎間板炎等)、脊椎の骨折などによるものです。その他に、椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症、腰椎すべり症など、神経症状がメインとなる疾患も画像診断等によって客観的に所見を確認できる疾患です。
専門的には「特異的腰痛」といいます。医療機関でレントゲンやCTなどの検査を受けることで判明しますから、その場合はきちんとした治療を受けなければ腰痛は治りません。
これが腰痛の原因を探るにあたって、第一に整形外科医の診断を受けていただきたい最大の理由です。問題なのは、これらに当てはまらない腰痛です。痛みはあるものの、様々な検査を受けても原因が特定できないもの。これらを専門的には「非特異的腰痛」といいます。
レントゲンなどを見ても問題が見当たらないので、いつから、どんなときに、どのように痛いのかを問診し、またどの部位に痛みがあるのかを身体診察で確認して状態をみていきます。
身体診察とは、具体的には、押して痛いのはどの部位なのか、姿勢の変化によって痛みは変化するのか、などを確認していくことです。この際に、患者さん自身が痛みについて正しく情報を伝えられない場合もありますし、医者の見立てがいつも正しいとも限りません。
そうなると、痛みの原因を正しく捉えないまま、マッサージや鍼治療などを漫然と続けることになりがちですが、一時的に痛みをしのげても、根本的な解決には至りません。原因を根本から解決できなければ、いくら続けても、腰痛のない快適な日々は取り戻せません。
ですから、まずは自分の腰痛が原因を特定できる「特異的腰痛」なのかを病院で確認し、原因が特定できたのであれば、それに対する治療をしっかりと受けてください。
原因の特定できない「非特異的腰痛」であった場合でも、その状態ごとに合った治療法はあります。仮に治療を続けても痛みが根本から解決しない場合は、対策だけを変える前に、先生ともう一度症状について話し合う機会を持つか、勇気を持って病院を変えてみるのも一つの手段といえるでしょう。
腰痛になる原因は一人ひとり異なる
慢性的な腰痛の原因としてどんなことが考えられるのかと聞かれても、明快に答えるのは難しいというのが正直なところです。非常に多くの可能性が考えられますし、何より患者さん一人ひとりで状況が異なるということもあります。
歳をとって筋力が衰えることで腰痛になると思っている人もいるかもしれませんが、必ずしもそういうわけではありません。筋力が弱い高齢者でもまったく腰痛がない人もいれば、筋骨隆々の現役アスリートでも腰痛になる人はいます。
また、腰痛には個人の体の性質も大きく影響します。皮膚の柔らかさが人によって違うように、もともと持っている組織の性質など、遺伝的要因、環境的要因も影響してきます。
適度に正しい運動をしているのに腰痛になる人もいれば、まったく運動習慣がないのに、腰痛にならない人がいたりするわけです。さらに、痛みには「心因性疼痛(しんいんせいとうつう)」といって、ストレスなどの心理的要因で起こる痛みもあります。
特に腰痛は、その症状の悪化と慢性化について、心理社会的要因が強く関連していると考えられます。
心理と痛みの関係がわかる、興味深い話があります。「むちうち」は、損害賠償が存在する国と存在しない国で治療期間が変わる、という話です。これは、痛いと言っていれば保険金がもらえるといったことを示しているわけではありません。
日本では「むちうち」は損害賠償の対象になります。また、交通事故が多発していた時代にマスコミが「むちうち」について多くの報道をしたということもありますが、「むちうち」は慢性化することもある恐ろしいケガであるという意識が国民に根付いていると考えられます。
そんな日本では「むちうち」が慢性化してしまう人が他国と比べて多いというデータがあります。逆に損害賠償の制度が未整備の国や、制度はあっても「むちうち」を保障しない国では、慢性化することが非常に稀で、ほとんどは短期間で改善されるという報告もあります。
つまり、同じ症状でも様々な心理社会的要因によって、治療期間や治療の効果には差が出てくる可能性があるということです。不思議に思うかもしれませんが、これも痛みに心因性の原因がある証拠かもしれません。
このように痛みのリスクは一人ひとり異なり、かつ複合的です。腰痛の原因が一人ひとりの環境によって異なるわけですから、当然ながら対処法も個別に、様々なことを考えなくてはなりません。
生活習慣の積み重ねが腰痛の原因となる
複合的な要因で起きる腰痛ですが、原因となる可能性のあるものがまったくわからないというわけではありません。その中の一つが、生活習慣の積み重ねが慢性腰痛の原因になりうるということです。
生活習慣というのは、食事や睡眠や仕事、歩き方や座り方、運動習慣などをひっくるめたすべてを含みます。これらの細々したこと一つひとつの長年の蓄積が、腰痛の原因の一つとなります。
この場合、骨折や椎間板ヘルニアなどの原因がはっきりしている腰痛とは違うもの、つまり非特異的腰痛ですので、原因を除去できるわけではありません。マッサージなどで一時的に痛みが緩和することはあっても、悪い生活習慣を続けていれば、腰への負担が直接蓄積していき、状態は徐々に悪化してしまいます。
このケースでは、腰に悪い生活習慣を見直すことが非常に重要です。
「腰痛負債」が溜まっていませんか?では、腰にとって悪い生活習慣とはどんなことでしょうか。これから書き出していきますが、きっと心当たりがある人は多いでしょう。
例えば、肥満や糖尿病を招くような偏った食生活、運動不足、重い物を運ぶ作業や長時間同じ姿勢で続ける作業。さらに、喫煙などの嗜好やストレスなどの心理社会的要因まで、多くの生活習慣が、腰痛の原因となる可能性があります。
ただちに痛みが出るのであれば習慣を見直すこともできるかもしれませんが、これらの悪い影響のほとんどは長年かけて徐々に積み重なるので、腰痛につながっていると実感することはあまりないでしょう。そのため、気づいたときには腰痛となり、生活の質が低下してしまうのです。
生活習慣によって密かに蓄積していく腰のダメージは、いわば「負債」とでもいうべきものです。日本腰痛研究開発機構では、これを「腰痛負債」と表現しています。重力に逆らって二足歩行をしている我々人類は、加齢によって徐々にこの「腰痛負債」を背負っていっているわけですが、生活習慣によっては、一気に負債がふくらみ、重大な問題を抱えることにもなります。
一時的に痛みがひいても何度も繰り返し腰が痛くなってしまう方は、「腰痛負債」を溜めていないか、自分の生活習慣を見直してみてください。一見、腰痛とは関係がないように思える習慣でも、意識して変えていくことによって腰への悪影響を抑えることはできます。
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