多くの現代人を悩ませる「うつ病」。世代や性別を問わず、また本人の周囲にまで問題が広がっていく、つらい心の病です。うつ治療といえば精神科に通うというイメージがありますが、治療手段はそれだけではありません。精神疾患治療に長年携わってきた心療内科医による、「漢方によって心身のバランスを調えて、うつを治す方法」について、連載形式でお届けします。
※この記事は『うつ消し漢方ー自然治癒力を高めれば、心と体は軽くなる!』(森下克也/方丈社)からの抜粋です。
瘀血の治療法は「駆瘀血薬」
瘀血(おけつ)を治療することを「駆瘀血(くおけつ)」といいます。「駆逐」という言葉がありますが、これは「追い払う」という意味で、駆瘀血(くおけつ)も「瘀血を追い払う」という意味になります。
瘀血を追い払う薬を「駆瘀血薬」といいます。代表的な生薬には、当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)、牡丹皮(ぼたんぴ)、桃仁(とうにん)、紅花(こうか)などがあります。とくに、当帰は女性の血のめぐりをよくする代表選手です。
女性は、生理、妊娠、出産、授乳など、血のめぐりのダイナミックな変化にさらされ、その機能が健全に営まれるためには大量の血液を必要とします。当帰は血液の循環を活性化し、月経不順や生理痛、冷え症、不妊といった女性特有の病態を改善する生薬です。種類は異なりますが、ヨーロッパでも当帰は「アンジェリカ」の名で古くから知られており、女性の病を治す「魔女の霊薬」として重宝されてきました。
駆瘀血(くおけつ)の方剤としては、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、通導散(つうどうさん)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)、温経湯(うんけいとう)、四物湯(しもつとう)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、女神散(にょしんさん)などがあります。
女性のための生薬の代表が当帰なら、方剤の代表は当帰芍薬散です。月経不順、更年期障害、冷え症、めまい、立ちくらみ、不妊症など、およそありとあらゆる女性の病に効くといっても過言ではありません。また、多くの女性のための方剤の基本となる薬でもあります。
ある専業主婦のDさんには、この当帰芍薬散を処方しました。Dさんはやせ型で顔色がすぐれず、虚証のタイプでした。お腹を診てみますと、腹直筋がやや緊張していて下腹部に圧痛を認めます。このような証の方には当帰芍薬散がよく効きます。
当帰芍薬散を服用していただいたDさんは、その後、生理を経るごとに生理前の抑うつが軽快していきました。抑うつだけではなく、生理痛や頭痛、肩こりも改善していきました。
これらは、瘀血と水毒が改善されたことによる効果です。心と身体の症状が、たった一種類の漢方薬でよくなっていったのです。Dさんには約一年間、当帰芍薬散を服用していただき、その後終了としましたが、抑うつが再発することはありませんでした。
Dさんには後日談があります。治療が終わり一カ月ほどたったころでしょうか、診察中の私にDさんから電話がありました。何事だろう、もしかすると抑うつが再発したのだろうか、と思いながら電話口に出てみますと、意外にもDさんの声は弾んでいます。挨拶もそこそこ、Dさんはいわれました。
「私、妊娠しました!」
そうです、あれほど不妊に苦しんでおられたDさんに子どもが授かったのです。思いがけない朗報に私自身びっくりすると同時に、これは当帰芍薬散の効果に違いないと確信しました。当帰芍薬散は産婦人科領域では安胎薬と呼ばれ、女性の骨盤内腔、とくに子宮や卵巣などの生殖器官の血流を改善し、妊娠しやすい環境をつくります。
私自身はあくまでうつ病の治療として当帰芍薬散を使っていたのですが、はからずも不妊治療も兼ねていたのです。「漢方の恩恵とはすばらしいものだなあ」とあらためて思い知らされる出来事として、いまも鮮明に思い起こされます。
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