「相手の気持ちが分からない」「その場の雰囲気を察することができない」「整理整頓ができず部屋中に物が散乱している」...。仕事や家庭生活でこんな悩みを持ち、「もしかしたら自分は『大人の発達障害』かもしれない」と考える人が増えているようです。以前は「発達障害」といえば子どもの疾患だと考えられていましたが、近年、大人になってからも症状が続くことが認識されるようになりました。テレビや雑誌などでも「大人の発達障害」として、「ADHD(注意欠如多動性障害)」や、ASD(自閉症スペクトラム障害)の一種である「アスペルガー症候群」などが頻繁に取り上げられるようになっています。
発達障害とはどんな疾患で、どんな特性があるのかなどについて、発達障害の診断・治療の第一人者である昭和大学医学部精神医学講座主任教授の岩波明先生に聞きました。
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●同じ行動に見えてもその理由はADHDとASDで異なる
ADHDの人とASDの人は、職場で同じような特異な行動をとることがあります。しかし、なぜそのような行動をするのかという理由は、ADHDの人とASDの人では異なっています。
【ケース1】毎日、提出しなければならない日報を書き忘れてしまう新入社員
男性社員Eさんは20代で入社1年目。Eさんの部署では学生時代にはなかった作業があります。それは退社時に1日の仕事を振り返り「日報」に記録して提出することです。Aさんは日報を書き忘れることが多々ありました。発達障害の人は「毎回やらなければいけないことを忘れてしまう」「毎日、目にしていても重要性に気が付かない」などの特性があります。仕事が立て込んでくるとそれが顕著になります。
「ADHDの人は、不注意によって日報の提出を忘れます。ASDの人にも出し忘れが目立つのですが、それは日報を提出するという行為が、会社員として重要であるという認識に欠けているからです。ASDの人は必要なことでも自分自身が『重要だし必要だ』と考えない限り無視します。どちらの場合も『会社員なら誰でもできることができないのは、仕事に対していい加減だからだ』と上司から判断される原因になってしまいます」と岩波先生。
【ケース2】周囲の空気を読めずに、自分の話を延々と続ける中堅社員
30代の男性Fさんは、職場の上司や同僚から「あの人は話し出すと止まらない」「話しがよく飛ぶ」と言われることがあります。同僚と一緒に話をしていても、一方的に自分の考えを押しつけて、自分の好きな分野の話ばかりする傾向が見られます。また相手の会話に自分の話をかぶせたり、勝手に割り込むことも多いです。
「ADHDの人は相手が話していても、思いついたことを衝動的に言葉に出して言わずにはいられないのです。ASDの人は、自分が割り込んで話をしてもいい状況かどうかの判断ができず一方的に話し続けます。相手が話を理解しているか、興味を持っているかを考えずに自分の得意分野の話ばかりしゃべり続ける傾向があります。会話でのこのような態度は職場では受け入れられないでしょう」と岩波先生。
●配偶者は発達障害の人の反応に不満がつのりやすい
配偶者、特に妻に勧められて発達障害の診断に来る人も実は多くみられます。仕事では問題にならない程度のごく軽度の発達障害であっても、家では緊張感が解けるせいもあってか、配偶者や家族から「すぐに物を壊したりなくしたりする」「約束を忘れる」「話を聞かない」などと指摘されてしまうのです。
「ADHDの人であれば不注意が原因となることが多いです。ASDの人はそもそも、上記のようなことが問題だとは認識していません。しかし、一緒に暮らしている家族は、日々、小さな不満が積み重なっていきます。家族の方が疲弊してしまうことも珍しくありません」と岩波先生。
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取材・文/松澤ゆかり