市販の風邪薬は菌もウイルスも倒せない
そしてここで大事なのは、風邪の原因は80~90 %がウイルス由来であり、残り10~20%がマイコプラズマ、クラミジアといった病原微生物(細菌)によるものだということなのです。
抗生物質と呼ばれるものは、抗菌薬のことで、これはつまり「菌」に対する薬です。菌とは細菌のことであり、つまりは風邪の原因の80%以上を占める「ウイルス」たちには効きません。ウイルスたちと戦うための薬は「抗ウイルス薬」と呼ばれる別な薬となります。
じゃぁどうして昔は、風邪に抗生物質こと抗菌薬を使用していたのか。一番の理由としては、ウイルス性の風邪にかかって、体力や免疫が落ちている状態になると、さらにその上に細菌の感染が被ってくることがあるためです。
最初は「何だかちょっと疲れが溜まってきたなぁ、疲れが取れないなぁ」程度から始まります。その次に、例えばウイルス性の風邪にかかり、少し喉(のど)が痛くて咳(せき)も軽く出るけど、まぁこのくらいならと思って市販の症状を抑える薬(これらもウイルスや細菌と戦う成分は入っていません。あくまでも症状を和らげて辛くない程度に隠してくれるだけ)を飲んで動き回ってしまった結果、3週間経っても「そういえば咳は続くし、むしろひどくなってきたし、何だか階段を登ると息苦しいし、頭痛も倦怠感(けんたいかん)もひどくなってきたような気がする」なんてことも。
これが最初はウイルスによる風邪から、体力や免疫の低下、そして細菌性肺炎へと続いていく典型的なパターンです。
ではどうしたらいいでしょう。先ほど書いた通り、抗生物質にも市販の風邪薬にも、そもそもの風邪の主な原因のウイルスをやっつけてくれる成分や機能はありません。
風邪の原因のウイルスと戦ってくれるのは、私たちの体の中にある免疫システムだけです。その機能をしっかり働かせるためには、とにかくいっぱい寝てきちんと休む。栄養のあるものを食べる。免疫システムに欠かせない抗体を作るためには、例えばタンパク質が必要。これに尽きるのです。
抗生物質が細菌を進化させてしまう
ですから実は今の医療界では、抗生物質はやたらめったらと処方されません。
すると、「ほとんどの風邪に抗生物質が効かないのはわかった。でも10%くらいある細菌性の風邪には効くんでしょ? 予防も兼ねることも考えれば、もっと処方したっていいんじゃない?」なんて声が聞こえてきそうです。確かに10%の風邪に効くのなら予防的に飲んでおこうよ、と考える気持ちもわかります。
必要な時にしか処方しないのには、明確な理由があります。実はかつてはこの考えでたくさんの抗生物質が、予防投与のために処方されていた時代もありました。
しかし現在は全世界的な取り組みとして、抗生物質を使用する際はきちんと原因菌を特定する検査をし、それに合わせた適切な抗生物質を適切な量とタイミングで使用するルールが決められています(1)。
適切な抗生剤治療を行なわないと、将来的に抗生物質が効かない耐性菌を増やすことにつながってしまうため、このような厳格な取り決めがされたのです。
抗生物質、すなわち抗菌薬は細菌たちにとってみれば大変な毒薬です。あの手この手を使って何とか生き延びる方法を探ります。そして運よくこの生き延びるシステムを獲得してしまった細菌が、抗生物質と一緒に、元々人間の体の中で一緒に仲よく共存していた善玉の細菌たちの数を減らしてしまうことで、この生き延びるシステムを獲得してしまうことにも。すなわち抗生物質に耐性を持ってしまった細菌に、生き延びやすい環境を提供してしまうことになってしまうのです。
どうでしょう。これ、怖くないですか? そしてその抗生物質に耐性を持ってしまった細菌は、例えばメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)なんていう、ちょっと強そうでかっこいい名前を持ってしまい、抗生物質の効かない細菌として猛威を振るうのです。
ですから世界中の医師たちが現在、この抗生物質の適正な使用に向けて一丸となっているのです。
<結論>
・風邪に抗生物質は9割程度効かない
・細菌性だと医師が判断した場合は抗生物質は処方されるが、必ず使用方法を守って使用する
・どんな風邪でも、まずはたくさん寝る。タンパク質をしっかり摂る食事で栄養補給
(参考文献)
(1)抗微生物薬適正使用の手引き第2版 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000573655.pdf (Cited 2023 Aug 20)