うつ病に気づくことの意義
うつ病の知識や早期発見、早期治療は大切です。なぜならそれによって予防ができるからです。
新潟県に松之山町(現在は十日町市)という町があります。長野県との県境の山間部にある日本有数の豪雪地帯です。昭和60年代、松之山町の自殺死亡率は全国より約9倍も高く、町の保健師も自殺対策の必要性を感じていました。
こうした状況もあり1985年度から5年間、県のモデル事業として、県の精神衛生センターや保健所等の支援を受けて自殺予防対策に取り組むことになりました。町立診療所の医師や町保健師が国立病院や新潟大学医学部の精神科医と連携し、在宅の65歳以上の高齢者全員に対して、うつ病のスクリーニングを実施しました。自己評価うつ病尺度(SDS)を用いた質問紙票などで行われたこのスクリーニングのテストでハイリスクとされた人を、精神科医療機関での専門的治療、町立診療所での治療、保健師の病状観察・保健福祉ケアへ結びつけました。
この取り組みによって、松之山町の自殺死亡率は劇的に改善。1970~1986年には436.6/ 10万人だった自殺死亡率は、1987~2000年には96.2/10万人に。なんと8割も自殺が減ったのです。うつ病を早期発見、早期治療することで自殺が大幅に減ったわけですが、町の人たちが、うつ病という病気を知り、さらにうつ病に陥る前の段階でテストによって気づくことの効果もありました。1985年当初にはうつ病と診断された住民は44人でしたが、1996年には20人にまで減っています。これは全数調査だから、かなりあてになる数字といえるでしょう。質問紙でうつ病を知ることで、うつ病の人が自殺するのを予防するだけでなく、うつ病になる人が減るのです。
症状を知ることでうつの予防にも
うつ病を知ることは、4つの意味があります。一つはうつが病気であることを知ることであり、2つ目はそれがどんな病気かを知ることです。これによって、自分がそれに当てはまるかどうかを知ることができるのです。3つ目はどんな治療をするか。そして4つ目は治療によって治ることを知ることです。
さて、このSDSといううつ病の尺度には20個の質問が記されています。
この質問票に記入することで、例えば「夜よく眠れない」とか、「何となく、疲れる」「やせてきたことに気がつく」「いつもより、いらいらする」というのが組み合わさるとうつ病の可能性が高いことに気がつくでしょう。
通常、高齢者が以前よりも、食が細くなった、夜中に何回も目が覚める、怒りっぽくなったなどというと、歳のせいだと片付けられることが多くあります。それが歳のせいでなく、うつ病の可能性があることを知るだけで、薬で症状がずいぶん改善されることが多くあります。食欲も戻るし、夜中に目が覚める回数もかなり減ります。いらいらがとれて、怒りっぽさもよくなることが多いのです。そして、誰もが気付くほどに、顔つきがすっかりよくなって、険しく元気のない顔が、柔和で生き生きした顔になることが、かなり多いのです。
ついでにいうと、うつの症状を知ることで、まだ症状が軽いうちから、生活を変えたり、考え方を変えたりすることができます。うつ病になる前に対応でき、うつ病にならなくて済むかもしれません。
【うつ病の診断基準】
下記は、米国精神医学会作成のDSM-5マニュアルからうつ病の診断基準の一部を抜粋・改変したものです。
□ その人自身の発言か、他者の観察(例えば、涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。
□ ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退。
□ 食事療法中ではない著しい体重の増減 (例えば、1カ月に5%以上の体重変化)、またはほとんど毎日の、食欲の減退または増加。
□ほとんど毎日の不眠または睡眠過多。
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院、American Psychiatric Association 編、日本精神神経学会 日本語版用語監修 髙橋三郎、大野裕 監訳、染矢俊幸、神庭重信、 尾崎紀夫、三村將、村井俊哉 訳)を元に、編集部で作成