罪悪感から自由になる!「過去の自分を責めない」【哲学者・岸見一郎さんが語る】

すべての責任を引き受けられない

阪神淡路大震災の後、こんな話を聞いたことを思い出した。その夜、息子が受験勉強に疲れ、居間の炬燵(こたつ)で居眠りをしているのを見た母親が、常は「そんなところで寝たら風邪を引くよ」と二階の部屋へ無理矢理連れて上がっていたのだが、起こすのはかわいそうだと思い、そのまま炬燵で寝させた。翌朝、地震で二階は崩れ落ちた。あの子は私のせいで死んだと母親は悔やんだ。

コ・ミジャもこの母親も、友人と子どもの死に無関係ではなく責任がある。しかし、責任は免れないとしても、起きたことの責任のすべてを引き受けることはできない。海に潜ったとしても、海が予想以上に早く荒れなかったら、友人は死ななかっただろう。無理矢理にでも起こしていたら子どもは死ななかったかもしれないが、そもそも地震が起きるとは予想できなかった。自然は不可抗力である。

また、この世界は自分の意志だけが決定するのではない。友人が一緒に潜る決心をしなかったら死なずにすんだかもしれない。自分ではなく他の人の判断によって事の成り行きが違ってくることもある。

罪悪感から自由になる

亡くなったプ・ミジャの夫は死ぬまでコ・ミジャを憎むといい続けた。夫の憎しみを自分がすべて引き受けようとした。しかし、そのようなことができるのだろうか。

プ・ミジャの息子は、「お母さんは誰かのせいで死んだのではない。俺は一度も憎んだことはない」と父親に反発する。無論、彼とて母親が亡くなったことを平気なわけでなく、毎日飛び出しそうな心臓を押さえて我慢していた。それでも、憎んだことは一度もないという。

コ・ミジャがこの息子のように、友人が自分のせいで死んだのではないと思うのは難しいかもしれないが、立ち直るためにはやがてこう思えることが必要である。

死んだ人は残された家族や友人がいつまでも自分の死を悲しむのを喜ばないだろう。決して責めたりはしない。そう思えないとしたら、死んだ人を信頼できていないのである。

コ・ミジャはどのようにして過去から脱却できたか。今まですべてを引き受けようとしてきたが、私もつらいのだ、私も死んだ親友に会いたいのだと、自分の気持ちを抑えるのをやめた。さらには、自分が親友を殺したのではないともいった。夫はこの言葉に驚き、到底受け入れられないが、罪人として生きるのをやめると宣言した。

ドラマを見ていて、私は若い頃母の看病をしていた時のことを思い出した。夕方になると父が会社から病院に立ち寄り、日が変わる頃まで代わってくれた。その間、家族の控室で仮眠した。父が帰ると、次の日の夕方まで母の側にいるという生活が長く続いた。疲労困憊した私は、ある日、あと一週間病院にいれば、私の方が母よりも先に死ぬのではないかと思った。それから、間もなく母は亡くなった。

もとより、私がそう思ったことと母の死には因果関係はないが、いつまでも自分を責めた。私のせいではなかったと思えるようになると、母の最期の日々ではなく、それ以前に母と過ごした日々を思い出すようになった。

自分を責め続けたコ・ミジャも、若い時に親友と知り合って共に過ごした日を懐かしく思い出せるようになったであろう。

※記事に使用している画像はイメージです。

 

岸見一郎(きしみ・いちろう)先生

1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)をはじめ、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。

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