姑の死...ついにその時が。親戚一同いわく「業の深い人だった」/かづ

アメブロで「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」を運営しているかづと申します。現在は夫婦二人と3ニャンとで暮らしています。今から20年以上前、私の嫁時代の体験を思い出しながら書いています。

前回の記事:「最後のお別れに来てください」姑の親族に呼びかけるも「今際の際に誰も来ない!?」/かづ

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姑の自発呼吸が始まった瞬間、その場にいた医師や看護師たちは声を出して驚いた。

もう完全に無理だとの判断から人工呼吸器を外す事になったのに、外した途端息を吹き返したのだから無理もない。

正直なところ、夫も舅も歓喜に湧くでなし、喜びの笑みをたたえるでなし。

ただ息をしている妻であり母親である姑の顔を呆然と見ていたのが、不謹慎だが私は「もっと喜べよ」と笑いそうになった。

その後、親戚たちに再度連絡をしなければならない。

なにせ、親戚たちは一同に亡くなった知らせを待っているのだから。

皆さん示し合わせたかのように第一声は同じだった。

「亡くなった? 最後はどうやった? 葬儀場はどこ? 何時からお通夜??」

せっかくのご期待にも関わらず、申し訳なさそうに言うのもなんだが、「自発呼吸が始まりまして...」と言うと、どの方も大変驚いた。。

無理もない、医者も驚いたくらいなのだから。

「夫君と舅君はその時どうだった?」とも聞かれたが、「残念そうでした」と言う訳にも行かず、「驚いていました」としか言えなかったが、電話の途中で私自身が笑いをこらえるのに苦労した。

それから姑は、一時は話せる様にもなったくらい回復したが、最後の時は病院と打ち合わせしていたので、再び心肺停止になったまま逝った。


3ヶ月近く生きた。

それは昼間で、なぜか夫の携帯には連絡がつかず、自宅には舅がいたのに耳が遠くて電話の音が聞こえなかったのか、病院からの連絡は買い物中の私の携帯にあった。

親戚への連絡や葬儀場の手配などとてもスムースに出来たのは、やはり心の準備が出来ていた事が大きかった。

親戚の皆さん、姑が息を吹き返し3ヶ月も生きた事を【業が深かった】と表現した。

通夜は友引と重なった為に、仮通夜・本通夜をする事になった。

もちろん舅側・姑側のご親戚全てに連絡をしたが、仮通夜には誰も来なかった。

葬儀場は、親戚たちの家から車で10分以内の所にしたのにもかかわらず。

本通夜には、私の弟家族が一番に来た。

一番とは言っても、通夜開式10分前だったが。

弟の第一声は「ねえちゃん、ここは何の控え室??」。

だって、「○○家親族控え室」と書いてあるにも関わらず、ましてや通夜開始10分前にも関わらず、私たち家族しかいなかったのだから。

「誰も、まだ来んのか??」弟も、義妹も驚いていたが、一番慌てていたのは夫だった。

喪主は舅だが、脳梗塞の後遺症から半身麻痺なので、夫が喪主代行をする事になっていたのだ。

舅はただ座っているだけで、実質夫が喪主として動くという訳だ。

夫の会社の上司や部下たちが続々と集まってくる。

そこにウチの近所の自治会関係の方々も来て下さる。

なのに【親族席】には誰も座っていないんだから夫の慌てようといったらなかった。

唯一、体型が私に似ている友人の一人が、会場係の方に親族だと間違われ、親族席に座らされていて、後で、「体型見てあんたと親戚やと思われたみたいやわ!」と、Fさんと大笑いした。

5分前になっても親戚たちは来ず、夫は大慌てで会場の外にまで見に行って来ると言い出す。

夫が外まで見に行こうとした途端、ドヤドヤと親戚たちは会場に一度に入って来た。

ええ、一度に。

どこかで、待ち合わせでもしてたんですか??

一般じゃなく、親族なんですが??

進んでお弔いに行ってあげようと思って貰えない通夜なんて、こんな程度なのだろう。

本通夜当日の夜は私と夫とで寝ずの番をし、仕度に手間の掛かる舅は、舅の実弟の叔父に頼んで葬儀場の宿泊ルームに泊まって貰った。

翌朝、叔父と舅を起こし、着替えて部屋を出てもらうように言った。

忘れ物が無いかと部屋のチェックをしていたら、舅が使っていたベッドの枕元にある空きカゴに『リザーブ800円・オールド600円...』と、書いてあるのに気付いた。

「なぜ、カゴが空?」飲んだのなら、空き瓶があるはずだよね?

控え室まで戻り、舅に言った。

「じいちゃん。ベッドの枕元にあった、ウイスキーの小瓶ってどうした?」

すると舅は、とてもいい笑顔でこう言うではありませんか。

「ココはサービスいいな♪ 全部貰ってきた♪」

「あれ、タダとちゃうんやで!?」

舅は、ホテルのサービスで置いてある『ご自由にお持ち帰り下さい』と同じだと思ったらしい。

書いてあるじゃねーか。

酒飲みは、そこまで気が回らないものなのか?

「そうか...タダとちゃうんか...。」

そう残念そうに言う舅のカバンから、小瓶が5本も出てきた。

つまみで置いてあった、ピーナッツやあられの小袋も一緒にリュックから出てきた。

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かづ

​ブログ「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」の管理人で、Ameba公式トップブロガー。 ​基本専業主婦の​50代​。子育てが終​り、​夫と4ニャンと暮してい​る​結婚36年目です。 ​一人っ子の夫と結婚し、舅姑の理想の嫁でなかった私の結婚生活においての戦いを思い出しながら書いています。

※毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

コメント一覧

葬儀司会者の立場から言わせてもらえば、こんなに悲しくて淋しいお弔いはありません。 かづさんがおっしゃるように「親族」ですよ?一般参列者ではないんですから。 そんな時、私はこう思います。 「あぁ、そんな生き方しかできなかった方なんだなぁ。ナレーションで誉めすぎないように気を付けなきゃ」
かづさんをとことんまでいじめ抜いてたオバハン(姑)亡くなったんですね!!?私がかづさんの友人だったら、『おめでとうございます!!』と言いたくなってしまいます。 だって、それくらい酷い扱いされてたじゃないですか。 まだダメ旦那と舅が残ってるみたいですけど。
私は、義弟付きの築100年近い農家の家に嫁に行き最初から有無も言わせず同居でした。 同居して間もなく嫁いびりが始まり姑に頭が上がらない舅は最初は庇ってくれましたが庇うと姑がヘソを曲げある事ない事を並べるのでいつしか姑を合戦していびるように… 肝心の元夫は仕事を理由に見て見ぬ振り。娘たち(孫)まで巻き込み私の悪口を吹聴するので私は 胃潰瘍になり次から次へと病気を併発して(癌)子どもの親権は私が取り離婚しました。 かづさんとは年齢もさほど変わらないし親近感があります。 読んでいて、こういう姑ってどこにでもいるんだなと思いました。
全く同じような経験をして、ここまで生きてきました。私は還暦を迎えましたが、よくぞここまで家族でいられたもんだ、と自分自身感心しています。90歳の姑は現役バリバリ、頭もしっかりしています。こっちが先に死にそうです。来世では絶対に結婚なんかしません。反省することも多いので、ちゃーんと記憶を持って生まれ変わりたいと強く望みます。
お疲れさまでした⤵
カズさん。耐え抜きましたね。自発呼吸に戻って3ヶ月も生きたなんて、なんか「嫌われ者世にはばかる」を地でいってる。葬儀の日もお棺から「元気になったで〜」と飛び出してくるのでは?と心配になる程。 葬儀当日、姑がどんな人生を送ったのかを葬儀社のスタッフや旦那の会社の人達に知らしめられたでしょう。第一形だけだし誰も泣いてないし…

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