超多忙だった亡き父。50代で他界した母への後悔や感謝を話す姿が忘れられません

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:youhei514
性別:男
年齢:41
プロフィール:結婚11年目の会社員です。妻40歳、娘8歳、息子6歳の4人家族で、ごく平凡な家庭環境です。

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2020年末に親戚宅に(感染症対策をきちんと行なったうえで)伺った際に、2016年に71歳で他界した父の話になり、亡くなる前の父との思い出がふと蘇りました。

私(現在41歳)が実家住まいで学生生活を送っていた頃、父はフリーランスの建築設計士として日本全国を飛び回っており、数カ月単位で現場を転々としていました。

その為、1年のほとんど家を空けている年もしばしばありました。

私の記憶の中の父は、家に居ないか、居てもテレビを見てゴロゴロ寝ているだけで一緒に出掛けたこともあまりありません。

特に不仲だったわけではありませんが、あまり会話をすることもなく、真剣に何かを相談したこともありませんでした。

父自身の考えとしては、子育てや家事を含めた家の事すべてを母に任せていたのだと思います(私が今の時代に同じことをやれば、即離婚になってしまうと思いますが...)。

そんな中、私が21歳の学生最後の年に、母が亡くなりました。

その後、父は相変わらず現役で地方生活。

実家に残っていた私と2歳年上の兄もその年に同時に卒業し、それぞれ別の地に暮らして社会人生活をスタートさせました。

たまに実家に帰省しても誰も居ないか、居たとしても私自身が地元の友人達と遊び歩いていた為に、相変わらず父と会話をすることがほとんどありませんでした。

それから10年ほど経ち、父が現役を引退し、実家で悠々自適の生活をスタートさせました。

私もちょうど同じくらいのタイミングで職を変えることになり、実家近くに引越して現在の妻と同棲生活をスタート。

それから徐々に父との交流が始まり、2カ月に一度くらいは3人で食事をするようになりました。

元々、父は気が難しいわけでも寡黙なわけでも無いので、冗談も交えて会話をする機会が増えていきました。

程なくして私が結婚し、子供が産まれたので、父を喜ばせるために孫を連れて実家を訪ねる機会も増えていきました。

初めて出来た孫はやはり可愛いらしく、父が笑顔で子供をあやす姿を見ることが出来ました。

1週間程私の家に泊まりに来て、毎日、孫を抱っこをしながら長い時間散歩に連れて行ってくれたこともありました。

その後、父の通院を手助けするために月に1回くらいの頻度で送迎をすることになりましたが、片道40分程の間、ずっと趣味の話や私が幼少期の話をするようになりました。

その中でも特に印象的だったのは、50歳そこそこの若さで早くに他界した母に対して、多忙のためにあまり気にしてあげられなかった後悔や、家を守ってくれたことに対する感謝の気持ちを話す父です。

今思えば、あの時が一生のうちで一番父と会話をした時間になりました。

その数年後に父は病気のために亡くなってしまいましたが、私自身、両親には親孝行らしいことはあまり出来なかったという思いがあります。

しかし、父を孫に会わせることが出来て、実家生活の頃にはあまり実現出来なかった会話を楽しむことが出来たのが、せめてもの慰みになっています。

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