<この体験記を書いた人>
ペンネーム:Jenn
性別:女
年齢:52
プロフィール:コロナのせいで運動不足になっています。
一人暮らしの高齢の叔父が、コロナ自粛の巣ごもり中に心臓発作で亡くなりました。
県外に住む息子が、連絡が取れないことを心配して叔父の近所に住む知り合いに訪ねてもらい、亡くなっていることがわかったのです。
みんな、コロナ禍でお互いを訪問し合うことを控えていたのを大変悔やみました。
死後時間が経っていたので検死があり、暑い夏の盛りだったこともあって、先に荼毘に付してからご告別式を行う、順序が逆の葬儀となりました。
葬儀というものは三密です。
それを避けるために、参列するのは息子家族4人と同じ市内に住む比較的若い甥や姪たち5人だけと決めました。
私もこれに含まれたのですが、これまでとは全く異なる葬儀になりました。
訃報は「葬儀への参列はお控えください」の文言を添えて、親戚、近所、関係者に伝えました。
叔父の兄弟姉妹はともに高齢のため参列しない方向で話をまとめ、葬儀の同時刻にそれぞれが家で手を合わせることにしました。
参列者は少ないとみて、会場は最も小さな場所を選んだのですが、参列できない人がお花を送ってくださったので、狭い会場はお花だらけになりました。
出棺後、お花を参列者に持ち帰っていただくこともできず、お花にもかわいそうなことをしました。
当日は叔父の友人が思った以上にたくさん来てくださいました。
通夜と葬儀、ともに葬祭場のスタッフが入口にて検温をし、参列者には手の消毒をしてもらいます。
そして、前後2メートル間隔で並んでもらい、ご芳名をいただきました。
ペンは、毎回消毒して使いまわします。
そして会場の中には入らず、1人ずつ祭壇が見える場外から手を合わせていただきました。
それが終わると一方通行の順路に従い、出口へ進んでいただきます。
そこで、会葬御礼の品とお茶のペットボトルをお渡ししました。
私たち九人は祭壇のある会場にいたので、お話をすることさえできず、ただ人の行列がゆっくりと流れていくのを見て、マスクをしたまま頭を下げることしかできませんでした。
これまでの葬儀では、親戚同士で故人の思い出を語り合ったり、知らない人から思いがけない故人のエピソードを聞かされ感動したりしていました。
また、めったに集まらない親族が一堂に会して法事の食事をとることで、親族のつながりを再認識したものでしたが、今回は、喪主により持ち帰りの弁当が手配されました。
コロナ禍の葬儀では、人を亡くした悲しさとは別の意味の寂しさを感じました。
形だけの式で、人間味が感じられなかったからです。
こんなお葬式しかしてあげられないという残念な気持ちが強く、優しかった叔父を亡くした悲しみは、何倍にもふくらみました。
再度集まることを避けるために、葬儀が終わるといくつかの法事を続けて行いました。
近年、法事の数も減り簡素化されてきているとは言え、こんなにいっぺんに終わらせて、これで故人の冥福を祈ることになったのだろうか、叔父は安らかに旅立つことができたのだろうかと心に引っかかるものがあります。
新型コロナウイルスは、これまでの日常を変えただけではなく、長年続いた慣習や伝統をも変えていったような気がします。
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