腫瘍が見つかった40歳の妻が書いていたエンディングノート。最後の一行に...涙があふれた私

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:ようじ
性別:男
年齢:42
プロフィール:会社勤めの42歳、2歳下の妻と共働きです。子どもはなく二人の生活を楽しんでいましたが、大きな不安が訪れました。

腫瘍が見つかった40歳の妻が書いていたエンディングノート。最後の一行に...涙があふれた私 18.jpg

「なんか気になるなあ、ここ」

風呂上がりに脇の下を揉むようにしながら妻(40歳)がぼやきました。

「そんなに気にするなよ、年取ればたるみもするさ」

からかい半分にそう言いいました。

「そんなんじゃないわよ、失礼ね!」

とむくれ顔です。

妻が気になっていたのは乳房の下側に感じる「しこり」でした。

来週は婦人科検診があるというので、念のために探っていて気付いたとのこと。

「あんまり気にしない方がいいよ」

声をかけても浮かない顔のままでした。

検診を受けた結果は心配した通りでした。

精密検査が必要ということで、組織採取をすることになりました。

小さいながらも切開するので、麻酔をするため付き添いが必要ということで休みを取ってついていきました。

人生で初めての手術ということもあって、妻はすっかりしょげていました。

「乳がんかなあ......」帰りの車の助手席でぼそっと言ったのを聞いて、慌てて声を掛けました。

「先生も良性の場合も多いって言ってたじゃないか。お前に悲劇の主人公は似合わないよ」

いつもなら食ってかかってくる妻が、この日は無反応です。

「まあ、百歩譲ってがんだったとしても、今の医学ならすぐ治るって......」

そう言いかけて横目で見た妻は、涙をこぼしていました。

それから、結果が出るまでの2週間、普段通りに過ごすようにしました。

普段通りに起き、朝食をとり、仕事に出て......。

妻も平気そうにふるまっていました。

休みの日には妻の好物のチーズフォンジュを用意しました。

「わあ、おいしそう」と言って食べていたのですが、手を伸ばした時に胸が気になったのか急にうつむいてしまいました。

ぼそっと「また、食べられるかなあ」と言うのを聞いて、つい声を荒げてしまいました。

「当たり前だろ、もういやだってぐらい食べさせてやるよ」

「......そうね、楽しみね」

妻はそう言いながら目頭を押さえていました。

「ん? また、起きてるのか」

検査の日以来、たびたび夜中に妻が起き出しているのには気付いていました。

一人になりたいかも、と寝たふりをしていましたが、夕食の時のことを思い出してふと心配になり、様子を見に行きました。

ダイニングテーブルで何かノートに書き込んでサイドボードにしまっている妻の姿がありました。

声をかけにくい雰囲気を感じて、その場はそのままベッドに戻りました。

妻がベッドに戻り寝ついたのを確かめて、そのノートを確かめに行きました。

それは妻のエンディングノートでした。

「あいつ、こんなもの書いて......」

悪いとは思いましたが中を覗いてしまいました。

海外に行きたいとか、演劇を見たいとか、やりたいことが並べてあります。

そういえば最近は旅行にも行ってなかったなあ、などと思いながら眺めていて、ふと目が止まりました。

「煮物を大量に作って冷凍保存しておく」

なんて書いてあります。

なんだ? と思いましたが、妻の煮物は私の大好物だということに気付きました。

そう思った瞬間、涙が溢れて止まらなくなりました。

妻を失いたくない、もしもそれが叶わないなら、彼女の願いはすべて叶えてやりたい

そんなことを考えながら、妻に気付かれないようにそっとノートを戻しました。

2週間後、検査結果が届きました。

「......よかったあ!」

妻の表情がみるみる明るくなりました。

結果は良性の腫瘍、特に治療の必要なし、とありました。

「だから言っただろ。お前に悲劇の主人公は似合わないよ」

「え! このか弱い私をつかまえて失礼なことを!」

二人で顔を見合わせて吹き出してしまいました。

正真正銘、普段通りの生活に戻り、あのノートのことはお互いに秘密のままです。

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