<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ウジさん
性別:男
年齢:58
プロフィール:実家を離れて暮らす公務員男性です。実家の父(88歳)は筆まめな人でした。
離れて暮らす実家の父(88歳)はもともと筆まめな人で、実家を出て暮らし始めた頃からボケ防止と称してたびたび手紙を送ってくれました。
独特のクセ字で、身内でもなかなか読みにくい時もあるのですが、それにもまして難儀するのが「漢字」でした。
「えっと....なまにくい? じゃないよなあ...」
今から10年ほど前の話です。
夏が近づく頃に一通のハガキが届きました。
「紫陽花の花綻ぶ(ほころぶ)頃となりました」から始まるいつもながらの格調高い文調ですが、その中に「生憎腹具合を崩し...」とありました。
「腹を壊したってことか。生肉でも食ったのか?」
しばらく電話をしていなかったことも思い出し、お見舞い方々電話をかけてみました。
「おお、ウジさんか。久しぶりだな」
電話の声は元気そうで安心しました。
「どうしたの? なんか生の物でも食べたんじゃないの?」
「何の話だ? ただの風邪だよ」
「いや、手紙にさ、生が憎いとかなんとか...」
しばらく黙っていた父から厳しい言葉が。
「全く、お前は教養不足だな、生に憎いと書いて『あいにく』と読むんだ。全く、お前は子供の頃から本を読まないからダメなんだ...」
ああ、やっちまった、地雷踏んだぞ...と思うも、後の祭りです。
父は手紙の中などで私が読めない字があると散々にこき下ろすのです。
「五月蠅い」「女郎花」「頷く」など、嫌な思い出は枚挙にいとまがありません。
ちなみに皆さん読めるものなのでしょうか?
それぞれ、「うるさい」、「オミナエシ」、「うなづく」です。
「おやじは博識だからなあ、漢検でも受けてみたらいいのに」
そう思わず口にしてしまいました。
「漢検か、そうだな、試しにやってみるか」
乗り気に返されて、しまったと思いました。
これで級でも取られたら、輪をかけて攻められるのは目に見えています。
しばらくしたら父から電話が来ました。
「ちょっと調べてみたが、漢検の上の級だと履歴書にも書けるほどの資格みたいだな。まあ一級でもいいとは思うが、初めての者が最高というのも面映ゆいから、二級あたりを受けてみることにするよ。ちょっと物足りんがな」
鼻息が聞こえてきそうな電話を終えて、あの調子なら受かっちゃうんじゃないかな、と思い背筋が寒くなる思いでした。
1週間後が受験日ということでしたが、結果が出るであろう日を過ぎても特に連絡がなく、どうだったのかと気を揉んでいました。
ところが1カ月ほどが過ぎても何の連絡もありません。
それどころか毎月送ってきた手紙の方もなしのつぶてです。
まさか、具合でも悪くしてるんじゃないかと心配になり電話をしてみました。
「はい」と親父の声が電話口で聞こえました。
「ああ、俺だよ、どうしたのしばらく何の連絡もないからさあ...」
言っている途中で電話口に母(現在88)を呼ぶ父の声が聞こえました。
「あら、ウジさん、久しぶりね」
電話口に母が出てきました。
父が自分から電話を替わるのは初めてでした。
「親父、どうしたの? なんか様子が変だけど...」
「ああ、それがねえ...」
母がクスクス笑いながら顛末を話してくれました。
受験日、意気揚々と出かけた父は、かなりショックを受けて帰ってきたそうです。
周りには小学生みたいな子もいる中で、「半分もわからなかった」と肩を落としていたそうで、結果は言うまでもなく撃沈。
すっかり自信を失い、筆を執る気にもならない日々を過ごしていたということでした。
ほっとした反面、ちょっとかわいそうになってしまいました。
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