仕事に消耗しきった40歳の私を見て父は...。無口で怒りっぽい父が、たった一度だけくれた「大切な思い出」

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:ぴろ
性別:女
年齢:55
プロフィール:50代パート主婦です。おうち時間が増えて肥えてきています。

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父が78歳で亡くなって3年が過ぎました。

小さい頃、どうして父はすぐ怒るんだろう、どうしていつも不機嫌なんだろうと思っていました。

口下手で、うまく話せず、話すよりも先に手が出る父。

誰も自分のことを分かってくれないと思っていたのかもしれません。

そんな父だから、優しいお父さんでもなく、大好きなお父さんでもありませんでした。

いつも不機嫌で笑顔なんて見たことがありませんでした。

それが若い頃の父の印象です。

父は昔から魚釣りが好きで、うちが自営業だったこともあり、シーズンになると毎日のように釣りに出かけていました。

私も父と渓流釣りに行ったことがありました。

その頃はまだ父にかまってほしい気持ちがあったのでしょう。

小学校低学年の私と未就学児の妹がたいして興味のない釣りにくっついていったのです。

けれど、父は私たち2人にかまうことなく、どんどん魚を追って川を上っていきます。

最初は父の後をついていっていたのですが、途中で見失い、河原で遊んでいると、妹が有刺鉄線に太ももを刺してしまい、泣き出しました。

父は戻ってこないし、私は途方にくれて履いていたハイソックスで妹の傷口をしばって、泣きじゃくる妹を元気づけながら車の中で父の帰りを待っていました。

物悲しいような暮れかけた河原の日差し、車のなかの埃っぽいにおいを覚えています。

戻った父がどんな言葉をかけてくれたのかは、記憶はありません。

小さなころで思い出すのは、そんなことくらいなのです。

そうして私が成人しても、父との関係は変わらないまま。

なにかあるときには母を通じての報告で済ませていました。

けれど、私が40歳の時に、忘れられない出来事が起こりました。

当時、私は仕事のストレスが原因で「眠れず、食べれず」で消耗しきって実家に戻りました。

母が自宅まで迎えに来てくれ、実家のある町まで飛行機で帰ったのですが、飛行場に父が車で迎えに来てくれたのです。

その時の私は自分の足で立てないほどに衰弱していて、飛行機から降りるときには車椅子でした。

その日の夜、実家でやっと安心して眠ることができました。

眠る前の少しぼんやりした意識のなかで父が私を抱きしめて「どうしてこんなことになってしまったんだ」とつぶやきながら泣いていました。

物心ついて初めて抱きしめられ、「私のために父が泣いている」という事実に驚き、こんなに私のことを大事に思っていてくれたんだと感動しました。

私は次の日に入院し、数カ月の入院のあと退院しました。

あらためてその時のことを聞くこともできないまま、月日は過ぎて父も亡くなりました。

確かめることは今となってはできないけれど、抱きしめられた時のなんとも言えない安堵と驚きは、私の人生の大事な心の支えになっています。

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