窓はクルクル、エアコンなし!懐かしの70年代、わが家に自動車がやって来た

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:軽自動車マニア
性別:女
年齢:55
プロフィール:自動車が好きというより、軽自動車が好きです。税金は安いし、小回りがきくのが魅力。古い母の車も魅力的でした。

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私が小学生だった昭和48年頃、保険のセールスをしていた母は教習所に通い、自動車免許を取得しました。子供を3人育てながら正社員として働く母にとって、教習所に通うことは大変なことだったと思います。

そして、母は自分で稼いだお給料を貯め、自動車を購入したのです。どこに行くにもバスや電車に乗っていたわが家にとって、こんなに楽な移動手段があったのかと、私はびっくり。そして小学校では、家に車があることが自慢のタネになりました。

当時の自動車は2ドアが当たり前で、鍵は窓の所のボタンを押すだけのもの。窓の開閉はレバーをクルクル回すので、子供のいい遊び道具になっていました。

当時私の家は横浜だったのですが、まだまだ周辺は空き地だらけで、道路は砂利道でした。母と一緒に買い物に行くときなど、そんな砂利道を当時の古いタイヤで走るのですから、車はグラグラ揺れてすごかったです。あまりの揺れに、よく気持ち悪くなりました。

交通渋滞とは無縁の場所でしたが、邪魔な車があると平気で逆車線を走る車が多くいました。車が普及し始めた頃は渋滞になったときに、当たり前に逆走する人達がいたものです。

取り締まりが強化されたときには、「なんで取り締まるの」と思ったほど、逆走が当たり前でした。

わが家の初めての車は、ラジオも付いていませんでした。それどころか、エアコンもなかったのです。当時は、車にエアコン、ましてやカーナビまで付くなんて考えられない話でした。とはいえ、真夏の最高気温が28度くらいでしたので、湿気で暑く感じても今ほど命に関わる温度ではなく、自宅にエアコンが付いている家庭も多くありませんでした。

乗り始めた頃は、走っていれば風が入ってきて涼しくなったものですが、急速に世の中に普及し始め、と渋滞が所々で見られるようになり、窓を開けていても汗でビショビショになりました。「車にも扇風機が付けばいいのに」と思ったものですが、当時のわが家の扇風機はプロペラまで職人が作った鉄製。プラスチック製のプロペラなんて見たことがない時代、車に扇風機を取り付けられるなんてこと、あり得ないと思っていました。

私が中学生になると、クラスメートが、車にエアコンが付いていることを自慢するようになりました。まだまだ人数は少なかったのですが、エアコン付きの車が普及し始めたのです。

ですが母が購入した車は滅多に故障しない優れもの。なかなかエアコン付き自動車に買い替えることができませんでした。

それでも、中学の終わり頃にはわが家にエアコン付き自動車が来たのです。しかも、窓は自動で開閉できる新しいタイプ。新車を購入する人達はそんな最新機能付きを購入し、まだ免許取りたての大学生はエアコンなしで、窓がレバー式の中古車を購入していたのです。

大学生たちは後でご両親にお金を返すとしても、バイトで稼いで自分の力で車を購入し、ボロボロの中古車であっても宝物のように大切にしていました。

近所の大学生さんに乗せてもらったときには、ブレーキをかけるたびに窓の上にあるドアバイザーがズレ落ちてくるのが、笑いのタネでした。今の時代では考えられないような古い自動車が、今は懐かしく思えます。

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