平成も残り9カ月。その前に、私たちが生まれた昭和という時代を振り返ってみませんか。昭和を考え、味わう3冊を、日本文化研究の第一人者であり、稀代の読書家として知られる松岡正剛さんに選んでいただきました。
松岡正剛さん
古き良き昭和の泣かせる物語
『夫婦善哉(めおとぜんざい)決定版』
織田作之助 著 新潮文庫 520円+税
昭和のたたずまいも、東京と大阪ではずいぶん違います。そこでおすすめしたいのが、大阪を書かせたらピカイチの織田作之助。『夫婦善哉(めおとぜんざい)』は映画にもなり、甲斐性なしの主人公を森繁久彌、しっかり者の女房を淡島千景(あわしまちかげ)が演じて人気を博したので、ご存じの方も多いはず。法善寺横丁で一銭天婦羅を食べて縁台将棋を指し、金はないけれど、義理人情があった懐かしい昭和が、ここにあります。「かめへん、かめへん」「どや、なんぞ、う、うまいもん食いに行こか」というテンポのいい会話とともに、泣かせる物語を味わっていただきたい。
昭和という時代と女性の生き方を知る一冊
『わたしの渡世日記( 上・下)』
高峰秀子 著 文春文庫 各762円+税
昭和の女優の名著といえば、子役でデビューし、小学校もろくに通えなかった高峰秀子が、辞書を引きながら書いたという本書。とにかく抜群に文章がうまい。金目当ての養父母に苦しめられながらも、東海林(しょうじ)太郎や田中絹代など育ての親に助けられ、日本映画の黄金期を駆け抜け、恋愛をして結婚をして映画界を引退するまでの日々がつづられている。本書には昭和の有名人が山ほど登場するが、高峰秀子という人は、そのすべてに"人間"として接し、その人間を嗅ぎ分け、言いたいことをスパッと言った。小気味よく、楽しいエッセイは、生き方の参考書としても必読です。
日本を変えたかった真っすぐな男の一冊
『プリンシプルのない日本』
白洲次郎 著 新潮文庫 550円+税
最後のおすすめは、"GHQが最も恐れた男"と称された白洲(しらす)次郎の一冊。サンフランシスコ講和会議で吉田 茂が準備していた英語の演説原稿を、白洲が日本語に書き直させたのは有名な話。彼は、真っすぐな人だった。ゆえに、プリンシプル(原則、主義という意味)のない日本を憂いた。その憂いは、現代にも当てはまる。昭和という時代の宿題の答えは、まだ出せないままなのか。平成が終わる前にもう一度考えてみたい。
取材・文/丸山佳子 撮影/奥西淳二