月刊誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師で作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」。今回のテーマは「ピンチを救う『逆張りの発想』」です。
この記事は月刊誌『毎日が発見』2024年2月号に掲載の情報です。
店舗スタッフがネットで活躍
コロナ禍、自宅で過ごす時間が増えたことで洋服を買う意欲が下がり、アパレル業界の売り上げは縮小したと言われています。
そんななか、以前からの成長傾向が、コロナ禍によって加速したというサービスがあります。
オンライン接客支援サービス「STAFF START」。
店舗スタッフがECサイト(通販サイト)にコーディネート写真や動画、レビューを投稿することによって、オンラインでの接客を可能にするサービスです。
コロナ禍によってアパレル業界が大きな打撃を受けた2020年にこのサービスを経由した年間の流通総額は、前年比2.75倍の1104億円。
まさに、危機の時代に大きな急成長を遂げたと言えるでしょう。
このサービスを運営する会社「バニッシュ・スタンダード」は当初、ECサイトの開発・運営を行っていました。
「ECサイトこそが小売業の未来を救う」という思いでやってきた、と小野里寧晃(やすあき)社長は言います。
しかし、店舗のお客さんがECサイトに流れたことで、アパレルの店長をしている友人から「お前がつくっているECサイトなんて大嫌いだ」と言われ、大ショック。
これがきっかけとなり、店舗スタッフが報われるような方法はないかと考えたのが「STAFF START」というサービスだったのです。
衣服を「憧れ」の視点で買っていた時代から、「共感」で買う時代へ――。
店舗スタッフの投稿を見て、モデル体型の人だけではないさまざまな体型による着こなしやセンスに「共感」した消費者が商品を購入するとか。
ときには店舗スタッフのファンになり、店舗に足を延ばすお客さんもいるそうです。
自分なりのオルタナティブ
相場が下落しているときに買い、上昇しているときに売ることを言う「逆張(ぎゃくば)り」。
投資手法の一つですが、一般に、流れに逆らう言動をするという意味でも使われています。
この「逆張り」の発想は、危機の時代を生き残り、窮地を打開する力になるのではないでしょうか。
ぼく自身、50年前に「逆張り」的な選択をしました。
東京から長野の諏訪中央病院に赴任したとき、友人からの「都落ちするな」という言葉に逆らった自分がいたのです。
大学の医局で働き、教授を目指す生き方を選ばなかったからこそ、今のぼくがいます。
冒頭で紹介した、店舗スタッフの活躍の場をネット上にも広げたサービスも、店舗スタッフの「窮地」にきちんと向き合ったからこそ生まれました。
その結果、リアルな世界に負けないくらい顧客の心をつかむサービスになったのだと思います。
だれもが目指すような道ではない、自分なりのオルタナティブ(もう一つのもの)を選ぶことで、個性的でおもしろい人生が歩めるように思っています。
持続可能なビジネスに挑戦
次世代の革製品ブランドを立ち上げた起業家・鮫島弘子さんも、大量生産・大量消費の社会とは別の方法で豊かな社会をつくろうと取り組んでいます。
鮫島さんは、もともと化粧品メーカーのデザイナーでしたが、売れ残った商品が大量に廃棄される現実に大きな疑問を抱いていました。
そのとき、偶然、JICA(ジャイカ)(独立行政法人「国際協力機構」)の元海外協力隊員に出会い、協力隊の業務にデザイナーとしての経験を生かせる仕事があることを知ります。
さっそく応募すると採用され、エチオピアに赴きました。
しかし、いざ派遣先で仕事を始めてみると、現地の人たちが"援助漬け"の状態になっていることに愕然(がくぜん)とします。
援助しているつもりが、結果的に現地の人たちの自立を阻んでいるかもしれない...。
再び悩みの日々が始まったのです。
そんな彼女を救ったのは、"援助漬け"になっている人たちの一方で、働く能力があり、本当は自分で働いて自立したいという志をもっている人たちの存在でした。
その人たちの自立を助けたいと思ったとき、エチオピアのシープスキン(羊革)を使った革製品のブランドを立ち上げることを考えつきました。
エチオピアのシープスキンは、世界最高峰の品質と言われながら、現地に加工したり製品化したりする産業が未熟なため、ほとんどが国外へと輸出されています。
イタリアやフランスなどでは、ハイブランドの革製品として販売されています。
これまでの大量消費社会は、安くて品質の良いものをどうすれば大量につくれるかを考えてきましたが、果たしてそれで幸せになれたのでしょうか。
必要な分だけ生産し、長く大切に使ってもらう商品を消費者に届ける。
それでいてビジネスが成立する仕組みをつくることこそが、持続可能な社会の実現につながる、と鮫島さんは考えています。
困難な時代の新しい生き方
ぼくが『がんばらない』(集英社)を書いたのは2000年のことです。
がんばって突っ走ってきた日本に、立ち止まって命のことを考えよう、と問題を投げかけました。
あれから約四半世紀が経ち、日本だけでなく世界が迷路に陥ったように見えます。
過去の"常識"は意味をなさず、何を指針にしたらいいのかわからなくなっているように感じます。
そんな時代の生き方のヒントになればと思い、『シン・がんばらない』(潮出版社)を1年半かけて書きました。
「シン」には新、深、心、真、信などいろんな意味を込めました。
今あるものをマンネリ的に繰り返すのではなく、「もっと違う生き方があるはず」と考えることは、人生をもっとおもしろくすると信じています。
文・写真/鎌田 實