医師で作家の鎌田實さんに教わる! 次の世代の100年に「おすそ分け」するもの

定期誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師で作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」。今回のテーマは「次世代へ何を"おすそ分け"する?」です。

医師で作家の鎌田實さんに教わる! 次の世代の100年に「おすそ分け」するもの 2304_P127_01_W500.jpg鎌田が医学部の学費を支援したクルド人医学生(現在は医師)。

子どもは、未来のための投資

フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグは、結婚して初めての子どもができたとき、妻とともに保有するフェイスブックの株の99%を、教育や医療に寄付すると決めました。

当時で5兆円という巨額に値します。

彼は誕生した長女にこんな手紙を書きました。

「我々の世代は世界の貧困と飢えをなくせるだろうか。正しく投資を行えば、あなたの一生のうちに答えはイエスになる」

娘一人のために財産を残すのではなく、次の世代のためにお金を使う。

生きたお金の使い方だと思いました。

ザッカーバーグとは比べものになりませんが、ぼくも寄付というお金の使い方に関心をもっています。

イラクの難民キャンプに行ったとき、病気を抱えている人たちの薬の名前をすべて覚えている若い女性に出会いました。

事情を聞くと、イラク北部のモスルで医学部に通っていましたが、ヤジディ教徒であったため、過激派組織「イスラム国」に脅迫され、逃げてきたそうです。

医師になる夢はあきらめかけていました。

ぼくは、クルド自治区のほかの医学部への編入試験に合格したら、授業料を応援すると約束しました。

彼女は難民キャンプで勉強を続け、見事に試験にパス。

その後、医学部を卒業して医師になりました。

ぼくも、貧乏のなかで育ち、医師になることができたのは、たくさんの人の応援のおかげ。

一部の本の印税や、テレビCMの出演料を、イラクの病気の子どものために寄付するなど、機会があればその時々で、お返しをしてきました。

原点は、母の「半分このみかん」

99%は自分のために生きても、1%はだれかのために生きる―。

ぼくがそう思うようになったのは、育ての母の影響があったように思います。

母は重い心臓病を抱え、その入院費用を工面するために、父は夜中まで働いていました。

寡黙で怖い父と違って、母はおしゃべりで人の世話をするのが大好きでした。

バスに乗ると隣の席の人にすぐ話しかけます。

だれとでもすぐ仲良くなる特技がありました。

自分が降りるバス停が近づくと、いそいそとカバンのなかを探して、何かあげられるものを探します。

あるときは、みかんを一個取り出して、それを半分に割り、隣の人に「あとで食べて」と渡しました。

小学生だったぼくは、とても恥ずかしかった。

どうせあげるなら一個あげたらいいのにとも思いました。

でも、母としては、残りの半分のみかんは、ぼくに食べさせたかったのです。

長屋住まいだったので、左隣の人からお土産をもらうと、半分だけもらって、あとの半分は右隣の人へとおすそ分け。

そんな習慣が染みついていました。

ぼくが、もらったお土産を独り占めしようとすると、ダメよとたしなめられました。

「おすそ分け」という習慣は、母から教わりました。

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「半分こ」や「おすそ分け」を教えてくれた育ての母と。

「偉大な人」、まさか?

20年ほど前、永六輔さんのラジオ番組の、ゆかりある町を歩くという中継コーナーに出演したことがあります。

ぼくは子ども時代を過ごした東京都杉並区にある妙法寺の門前町を歩きながら、当時の思い出を話しました。

その中継中、不意に「實ちゃん」と和菓子・蕎麦の清水屋のおかみさんから声をかけられました。

「お母さんにはお世話になりました。私が嫁に来てとても寂しい思いをしたり、つらい思いをしているとき、いつもお母さんがやさしく声をかけてくれたのです。お母さんは偉大な人でした」

偉大な人、意外な言葉でした。

小学校しか出ていない母でしたが、人としてすてきな人でした。

自分は心臓病でつらい思いをしているのに、いつも笑顔を浮かべ、自分の持っているものをさりげなく人と分け合う。

何でもないことのようですが、かっこいい母だったな、と今では思っています。

この人に育てられたことは幸福なことでした。

その後、清水屋のおかみさんから、ぼくが代表を務めているJIM-NETのチョコ募金に、たくさんの協力をいただきました。

母のしたことが、またぼくのところに戻ってきて、やさしさは循環するのだと心が熱くなりました。

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長屋暮らしだった2歳ころの鎌田(むかって一番左)。

オキシトシンがあふれる世界に

人が喜んでくれたとき、オキシトシンというきずなホルモンが作用して、幸せを感じることができます。

だから、99%は自分のために生きても、1%はだれかのために心を配りたい。

そんな心を多くの人がもてば、ぼくたちの世界はもっと生きやすくなります。

昨年から子ども・子育て市民委員会の共同代表として、子どもを産み育てやすい社会の実現に取り組んでいます。

ぼくはこれまで、人生100年時代を元気に生き切る健康づくりに取り組んできました。

今も、筋トレやウォーキングなどの筋活を呼び掛けています。

けれど自分が生きる100年だけでなく、次の世代の100年にも目を向けていく必要があると実感するようになりました。

日本の人口減少はとても深刻です。

昨年の出生数は80万人を割りました。

2016年に100万人を割ってから、加速度的に減少が進んでいます。

人口減少が進めばGDP(国内総生産)も下がり、いずれ働く人が足りなくて困る時代がやってきます。

介護保険や世界に誇れる国民皆保険の医療保険も成り立たなくなっていきます。

どうしたら子どもを産み育てやすい社会になるのか。

支援制度づくりやそのための財源など、問題はいろいろあるでしょう。

しかし、最も大切なのは、オキシトシンのあふれる社会にすることだと思っています。

隣から隣へ、世代から世代へ、おすそ分けでつながる社会をどう築いていくか、読者のみなさんにも一緒に考えてほしいと思っています。

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母校の東京都杉並区立和田小学校で、「未来の君たちへ」というタイトルで講演。次の世代を大切にしたいと考えています。

文・写真/鎌田 實
 

<教えてくれた人>
鎌田 實(かまた・みのる)さん

1948年生まれ。医師、作家、諏訪中央病院名誉院長。チェルノブイリ、イラクへの医療支援、東日本大震災被災地支援などに取り組んでいる。『だまされない』(KADOKAWA)など著書多数。

この記事は『毎日が発見』2023年4月号に掲載の情報です。

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