「今日こそ片づけよう」そう一大決心して部屋の片づけを始める人は多いはず。しかしなかなかスムーズに進まない...。もしかするとあなたが片づけられない理由は、片付け技術ではなく「心」の方にあるのかもしれません。
人気の空間心理カウンセラーが書き下ろした不思議な片づけ物語は、読むだけであなたの心を「片づけられる人」に変えるかも! 可愛い毒舌フェニックスによる「心も片づく魔法」にあなたもかかってみませんか?
※この記事は『毒舌フェニックスが教える 家族を救う片づけ』(伊藤 勇司/KADOKAWA)からの抜粋です。
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村上家の長男、村上マモルが引きこもる本当の理由
「行ってきまーす」
出がけには必ず大声でこう言うお母さんの声が、いつも耳に障る。つくづく思うけど、わざとらしいっつーの。今日は特に、お母さんの独り言がたくさん聞こえた気がしたが、またひとりでバタバタしてたんだろう。
僕は今、学校には行かず、毎日スマホゲームで時間をつぶしては家でダラダラしている。
学校に行きたくない理由は、親には深くは話してはいない。
きっかけはすごく小さなことだった。昼休み、弁当を食べている時に、クラスのお調子者が僕の弁当を見てからかってきたのだ。
「おい! みんな見てみろよ! こいつの弁当、超テキトー!」
お母さんは料理が苦手だ。だから弁当の中身も、レイアウトもへったくれもなくて、いつもおかずを適当に詰め込むだけって感じだ。
その日も、ハンバーグの形は変だし卵焼きはなぜか茶色だし、珍しく煮物なんか入っていたが、汁で全体がひたひたになってしまっていた。それに、いくら僕が好きだからって昨日の残りのイカの刺し身を弁当に入れるのは衛生上ありえない。残念ながら、どう見ても料理のセンスがないんだ。
もともと僕は、人見知りで引っ込み思案な性格。中学に入学して3か月が経っても、僕は学校になかなか馴染めず、新しい友達もできないでいた。それもあって、弁当はいつもひとりで食べていたのだ。
そんな僕に、あいつが目をつけた。
取るに足らないことかもしれないが、辱めを受けた気持ちになった僕は、それ以来学校に行く気になれなかった。どうせまた、弁当をからかわれるに違いないからだ。
そうして学校を休んでいるうちに夏休みに入り、親は2学期からは行けるだろうと期待していたようだけど、僕は9月になっても登校しようとはしなかった。
お父さんとは、平日起きている時に顔を合わせることはまずない。仕事が休みの週末も、お父さんはだいたい寝ているので話すこともない。
お母さんはお母さんで、パートだボランティアだといつもバタバタしながら、毎日を過ごしている。僕が学校に行かなくなった当初はいろいろと僕の話を聞き出そうとしてきたけど、「話してよ」と言われたってすぐには説明できないのを理解してくれようとはしない。最近はあきらめたようで、話す機会も減ったし、たまに話そうとしても逆にお父さんの愚痴を聞かされたりするのでうんざりしてしまう。
誰にも僕の本当の気持ちは相談できないし、わかってもらえない。そう思って悶々(もんもん)としながら、部屋に引きこもる毎日を過ごしていた。
お母さんが出て行って、すぐには帰ってこないのを確認した後、僕はキッチンに向かった。ノドが渇いたからジュースでも飲もう。
のぞみの部屋の前を通りかかると、中からドアをカリカリとひっかく音がする。
「ポン太? 閉じ込められちゃったの?」
ドアを開けてあげると、ポン太が「にゃーん!」と文句を言いながら出てくる。そして一瞬僕の顔を見上げて何か言いたげな顔をしたが、すぐにすりんと体をこすりつけて、またのぞみの部屋に戻っていってしまった。お気に入りの猫ベッドに乗って寝る体勢に入ったのを見て、
「なんだよ、また寝るのかよ」
と僕はつぶやき、今度は閉じ込められないようにドアを少し開けた状態にしておいた。ポン太はのぞみの部屋がお気に入りなので、一日の大半はそこで過ごすのだ。
キッチンに入ると、
「ん!? 何、この卵の殻は?」
冷蔵庫の周りに、割れた卵の殻が散らばっている。
「ちゃんと片づけて出て行ってよね......」
卵の殻をザッと拾い集め、ゴミ箱に捨てる。
冷蔵庫を開けると、いつにも増してグチャグチャに詰め込まれていた。
「なんだよこれ! またいっぱい買って突っ込んであるなぁ......」
しかもよく見ると、なぜか期限切れのものが目につく位置にある。
「ったく、もう! こういうのを早く捨てないから冷蔵庫がパンパンになるんじゃないか!」
散らかったままの卵の殻にイライラしていた僕は、期限切れの食材を片っ端からゴミ箱に投げ捨てた。
「ほんと、お母さんは片づけができないんだよなぁ......。これだから、弁当の盛り付けもとっ散らかってるんだよ......」
そう愚痴をこぼしながら、僕はジュースを手に取り、そのまま部屋に戻った。
「はー......それにしても、いつまでこんな生活、続けるんだろうな......」
学校が嫌いなわけではなかった。ただ、あの一件があってからは、もう学校に行かないと心に決めている。あんな恥ずかしい思いをするのは二度とごめんだ。
ジュースを飲んで一息ついた後は、部屋でスマホゲームにまた夢中になった。しばらくすると玄関が開く音がして、お母さんが家に帰ってきたことがわかった。
「たっだいま~!」
帰ってきたお母さんは、いつになく楽しそうな声をしていた。その声に逆にイラッとした僕は、卵の殻が散らばったままになっていたことなどを言ってやろうと思って、勢いよく部屋を出て階段を下りていった。
「ちょっと、何が『たっだいま~』だよ! 卵の殻は散らかっていたし、冷蔵庫もグチャグチャだし......ちゃんとしてから出かけなよね!」
いらだちながら放った僕の言葉にもまったく動じることがなく、お母さんは、
「あっ、ごめ~ん。そのままにしちゃってたね。今からごはんの支度するから、冷蔵庫も一緒に整理しとくわね!」
と、なぜかわからないが、いつになくお母さんの機嫌がいい。ふだんだったら、
「何もやらないくせにそんな生意気言って。お母さんは召使いじゃないのよ!」
ぐらいは言い返してきそうなものなのに。想定外の反応に、僕は何も言い返せなかった。
「ごはんができたら呼ぶから、部屋でゆっくりしてなよ」
そう言うと、お母さんは鼻歌を歌いながら冷蔵庫の整理を始める。
「なんだよ......調子狂うなぁ......。まあ、いっか」
心の中でそう思いながら、部屋に戻ろうとした次の瞬間。
「お前、狂ってるのか?」
と、どこからともなく声が聞こえてきた。
「!?」
突然の出来事に、僕は固まってしまった。確かに声が聞こえたはずだが、この家にお母さんと僕以外いるはずがない。
「お母さん、今、何か言った......?」
僕は恐る恐る、そう聞いてみた。
「えっ? 何も言ってないよ。歌は歌ってたけどね♪」
やっぱりお母さんではない。気のせいかと思って部屋に戻ろうとすると......、
「おい! フェニックス様を無視するとは、何事だ!」
「えっっ!?」
明らかに僕に向けて話しかけている声がする。僕は思わず声をあげてしまった。
「どうしたの?」
お母さんが僕の声に気づき、心配そうに近寄ってくる。
「いや、なんか......誰もいないのに、声が聞こえたような......」
そう話す僕を見て、お母さんはパッと笑顔になった。
「あっ、わかった! ピヨちゃんね。そういえばカバンの中から出してあげるの忘れてたわ。帰りの車の中では、すやすや寝てたから」
ついに、お母さんは頭がおかしくなったのか。意味がわからない独り言を言いながら、カバンの中に手を突っ込んで何か取り出す。もぞもぞと動く小さな生き物が手のひらに乗っていた。
「うわっ、何、その変なヒヨコ!」
不機嫌な雰囲気が明らかに伝わる表情で、変なヒヨコが僕をじっとにらみつけている。すると、信じられないことが起こった。
「フェニックス様に向かって、変なヒヨコとはどういうことだ!」
「うわぁ!! 変なヒヨコがしゃべったー!!」
驚く僕を見ながらも、お母さんはなぜか微笑みを浮かべたままだ。
「だから、変なヒヨコじゃないっつーの! フェニックス様だよ!」
いきなりの出来事に言葉をなくした僕に、お母さんはゆっくりと歩み寄り、事の経緯を話してくれた。
「信じられない......そんなこと、現実にあるんだ......」
こうして目の前に現れた不思議なフェニックスの存在によって、気がつけば僕は、久しぶりにお母さんと「会話」をしていた。ここ最近は、ごはんを食べる時に一言二言話すぐらいだったのだが、こうして話していると以前に戻ったようだ。
「あっ、そうだ! マモル、お母さんはこれからごはんの用意とか冷蔵庫の片づけとかするからさ、しばらくピヨちゃんと遊んでおいてよ」
お母さんにそう言われて、僕は改めてヒヨコに目を落とした。さっきから偉そうな口ばかりきく変なヒヨコだけど、いじりがいがあると言えないこともない。そう思った僕は、ヒヨコを部屋に連れて行くことにした。
「よし、じゃあ、ごはんができるまで、部屋で遊んでやるよ」
そう言って手のひらに乗せると、ヒヨコが小さなくちばしで嚙みついてくる。
「おい、お前、マモルっていうんだな! フェニックス様に向かって上から目線すぎて気にいらないぞ!」
ヒヨコは怒っているが、蚊に刺されたほどの痛みしか感じない攻撃だ。
「ちびっこいくせに、お前のほうが態度でかいぞ! おとなしくついてこい!」
そう言って僕は、ヒヨコを乗せた手にもう片方の手でフタをするように包み込み、そのまま部屋へと駆け戻っていった。
【空間心理カウンセラー・伊藤勇司さんのまとめ&解説】
今できる簡単な行動で明るい未来への道が開ける
引きこもりながら学校に行けずにいたマモルくん。そこで思いもよらない、フェニックスのピヨちゃんとの出会いが生まれます。
ここで一つ注目したいことは、お母さんのユウコさんの行動です。
ユウコさんは1章で予定を変更してカラオケに行ったことで、いつになくご機嫌で帰ってきました。すると、マモルくんに散らかっていたことを指摘されながらも、いい気分のまま冷蔵庫の片づけを始めています。
関連記事:「「そのままの心」は喜びの未来への羅針盤。 会話は悩みの渦からあなたを救う/家族を救う片づけ(3)」
実はこのプロセスの中に、人間の行動原理が隠されています。
片づけが苦手な方や、一歩踏み出すことに抵抗がある人ほど、行動するためになんとか気持ちを上向きにしようと考えるものですが、実はそれが逆効果になってしまうことも。
ユウコさんはカラオケに行って、歌って声を出したことによって、自然と気持ちが引き上がる体験をして帰ってきたはずです。
心理学者のクレペリンは、やる気が起きない人を動かすためには、「まず、やってみる」ことが大切であると言及しています。つまり、モチベーションが上がったから行動できるのではなく、行動するから、モチベーションが上がるということです。
このことをクレペリンは、「作業興奮」と名づけました。
せっかくなので、ここで一度あなたもこの作業興奮を体感してみましょう。このまま本を読みながら、立ち上がって、10回足踏みをしてみてください。次に、本を読むことで下がっていた目線を上げて、天井(空)を見上げてみましょう。そしてそのまま、本を置いて伸びをしてみてください。
いかがですか? おそらくこの短い時間で単純な行動を行っただけで、本を読んでいた時よりも気持ちが少しだけ上向いたはずです。
せっかくなので、ユウコさんと同じように一度冷蔵庫の中を覗(のぞ)いてみましょう。もし賞味期限切れのものなどがあったら、捨てても構いません。少し液だれしている箇所があるなら、サッと拭くのもいいでしょう。気持ちの赴くままに、やれるだけ、やりたいだけの「行動」をしてみるのです。
スキップをしながら不安を味わうことができないように、人は今行っている行動に関連した感情を、自然と味わうようにできています。つまり、物事がうまくいかなくなっている時や、停滞感がある時ほど、「適切な動きがなくなっている時」なのです。
マモルくんも、小さなきっかけで学校に行けなくなってからは、ずっと部屋に引きこもっている「動きのない状態」になっています。だからこそ、ぐるぐると頭の中で悩むだけの、前に進む発想が生まれない状態を繰り返してしまっている可能性があるのです。
でも、お母さんがピヨちゃんとのやり取りを通していつもとは違う雰囲気をまとって家に帰ってきたことで、マモルくんにも「今までにない動き」が、自然に生まれるようになりました。
こういった、取るに足らないように見える「小さな行動」の一歩一歩こそが、後々の大きな変化につながる「偉大な一歩」になるものです。
人生の好転は、今すぐにできる簡単な行動から始まる。
このことを頭の片隅に入れながら、登場人物の何げない行動にも注目してみると、違う角度でも面白い気づきが生まれていくかもしれません。
自分の気持ちが停滞している時こそ、自然と気分を変えるための行動ができる発想が定着するように、次の質問に答えてみてください。
Q. 何も考えずに、すぐに行動できることはなんですか?
(例)●机の上にあった卵の殻を、そのままゴミ箱に捨てる
●冷蔵庫を開けた瞬間に見つけた期限切れの食材を捨てる
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