人との距離を取る新しい暮らし方に慣れてきても、悩みが尽きないのが「人間関係」。これを円滑にできる方法の一つに「相槌対話法」というテクニックがあります。そこで、実践的な技術がまとめられた書籍『誰とでも会話が続く相づちのコツ』(齋藤勇/文響社)から、すぐにできる相づちの「さしすせそ」と「あいうえお」の使い方を連載形式でご紹介します。
「運」のせいにすれば相手の気持ちが救える!?
人間関係を深める相槌の「あいうえお」の「う」は、「運」の「う」です。
物事の結果には運不運がつきまとうものです。
どんなに努力しても、運悪く失敗する人もいるし、ラッキーにも成功を手にする人がいます。
成否は時の運、運命の女神の微笑み次第であると言っても過言ではありません。
「運」をどのように相槌に取り入れたらよいか、解説を進めていきます。
たとえば、話し手の話が、結果がうまくいかなかった話になったときは、ここぞとばかり、不運の相槌を打ってみましょう。
「運が悪かったですね」
「ついてなかったですね」
などです。
この相槌で、落ち込んでいる話し手の心は救われ、ほっとします。
この相槌も、「いえ、いえ」と同じ、二重否定の相槌です。
話し手の自己否定を、失敗の原因を「不運」に帰属することによって、話し手の自己責任を否定し、能力のなさや努力不足に陥るのを救うのです。
心理学では、何か価値あることを達成しようとする気持ちを「達成動機」といいます。
そして、その行為を「達成行動」といいます。
たとえば、人生において入学試験、スポーツの勝利、資格試験、就職試験、会社での業績など次々と乗りこえるべきハードルは待っています。
さらに、恋愛や結婚なども達成したい目標となりえるでしょう。
そして、人生のターニングポイントを迎えるたびに、成功・失敗の結果を目の当たりにして、喜んだり悲しんだりするのです。
ある事に成功したり、失敗したりしたとき、その原因がどこにあったかを考えることを、心理学では「原因帰属過程」と呼びます。
成功・失敗は誰にでもありますが、同じ成功・失敗でも、その原因の帰属先は人によってかなり異なります。
そして、実はその帰属の仕方が成功・失敗という結果、それ自体と同様に、時にはそれ以上に、その人の心理状態やその後の行動に大きな影響を与えることになるのです。
そのため、心理学ではこの原因帰属過程の分析が注目され研究されています。
例えば、仕事に失敗したとき、「自分は能力がない人間だ」と考える人がいます。
自己責任的です。
しかし、人によっては、「悪い相手に引っかかった」などと考える人もいるでしょう。
他者責任的です。
この二人は、結果は同じでも、原因の帰属過程が全く違うために、そのとき感じる感情もその後の対応行動も全く違うことになります。
前者は、落ち込む可能性が高く、後者は怒りを感じることになるでしょう。
失敗の原因を自分の能力に帰属する人は、自己否定につながります。
可能ならば、それはしたくありません。
そんな時、聞き手が失敗の原因をその人の能力不足ではない、努力不足でもない、と言ってくれたら気持ちは救われます。
こんな時に打つ相槌が、「運が悪かったね」「ついてないね」という帰属の相槌です。
気持ちが救われた話し手は、聞き手を恩人のように思うようになるでしょう。
この人との関係を深めようと思うに違いありません。
アメリカの心理学者ワイナーは、達成行動の成功・失敗の原因帰属は内・外的要因と、固定・変動的要因の2要因から構成されるとし、下の図のように2×2のマトリックスに整理し4つの原因に分類しています。
この理論では、成功したときも失敗したときも、その原因は、①能力、②努力、③課題、④運の4つのいずれかであるとしています。
①能力への帰属は、内的・固定的要因です。たとえば試験に合格したとき、それは自分に能力があったからだと思った場合です。実力で合格したので、自尊心をますます高めることにつながります。しかし、失敗の原因をこの内的・固定的要因に帰属すると、自分の能力のないことを思い知らされ、落ち込み、劣等感を強くしてしまいかねません。
②努力への帰属は、内的・変動的要因です。合格したとき、努力が実ったと考えるので喜びは大変大きくなります。また、失敗したときもこの要因に帰属すると、それほど落ち込まず、反省して、次回の努力を心に決めることができます。
③課題への帰属は、外的・固定的要因です。合格・不合格を課題、たとえば大学入試問題の難しさなどに帰属する場合を指します。不合格のときは、課題を詳細に分析して、別の課題に変える方向に向いていきます。
④「運」への帰属は、外的・変動的要因です。合格・不合格を「運」の良し悪しに帰因させる場合で、成功しても失敗しても、原因は自分のコントロールの外にあると考える場合です。そのため失敗しても、深くは落ち込みません。他力本願的ですが、次回の幸運を祈ることになるといえるでしょう。
ほめられることで、人は相手に好意を持ちます。
しかし、深い人間関係が生まれるのは、むしろ、挫折したとき。
自尊心が、くだかれたときにそれを修復してくれる人です。
そんなときは、長い言葉はいりません。
有効なのは、自己評価が下がるのをくいとめるような、責任の帰属の変化を意味する運の相槌です。
「運がなかった」という原因転嫁の相槌は、相手の心を慰め、あなたへの好意を深める一言といえるでしょう。
少々、脇にそれるかも知れませんが、人は自己評価が高いときより、低くなったときの方が、相手の好意を受け入れるということを実験で証明し「自尊理論」を提唱した、アメリカの心理学者ウォルスターの実験の話をしましょう。
この実験では、被験者の女子学生に、「この実験は、性格とカウンセリングの関係を調べるものです。これから、性格検査とインタビューを受けてもらいます」と伝えられています。
このときすでに被験者は、実験の数週間前に性格検査を受けています。
実験当日被験者は、インタビューを受けるために指定された部屋に行くよう指示されますが、そこに実験者はまだおらず、被験者よりやや年上のハンサムな男子学生がやってきます。
そして、とりとめのない雑談を15分くらいします。
そのなかで男子学生は被験者の女子学生に「次の週末、サンフランシスコでディナーショーがあるので、一緒に行かないか?」とデートに誘います。
突然のことで躊躇している被験者に、「またあとで電話する」とハンサムな男性に伝えさせます。
しばらくすると実験者が遅れて部屋に入ってきて、インタビューと性格検査を行います。
このとき、助手が見当たらないからという理由で、そのハンサムな男子学生に手伝ってもらうことになります。
次に、実験者は、被験者に数週間前に受けた性格検査の結果を伝えます。
しかし、実は、この検査結果は、被験者の自己評価を上下する手段として使われるもので、本当の結果ではありません。
テストの結果はセラピストにより分析されたものであると被験者には伝えますが、本当は実験者の方で「自己評価を低める内容」と「自己評価を高める内容」とを被験者に割り当てて説明していくのです。
実験の最終段階で、対人好悪の調査を行います。
対象者は、被験者自身や例の男子学生を含めた5名。
対象人物に対する好意度を匿名で回答してもらいます。
もちろんここで知りたいのは、自己評価の高低の操作が例の男子学生への好意度に影響しているかどうかです。
結果、自己評価を低められた被験者の方が、高められた被験者よりも例の男子学生に、より好意を持ったことが明らかになりました。
これは、「自尊理論」を実証するものとして注目されている実験です。
さて、ここまで、人間関係を深める運の相槌のうち、「運が悪かった」という二重否定的意味での「運」の効用について話してきました。
しかし、もちろん逆の「運が良かった」というプラスの相槌も効果的です。
しかし、「運が良かった」の使い方は注意をしなければいけません。
仕事に成功した話や結婚することになった話を聞いたときに、「運が良かったね」と相槌を打ったとしたら、相手は、「たしかに」と、はにかみながらも、内心は不快に思うかもしれません。
これでは、歓迎される相槌とはいえません。
そんなときは、「すごい!」「さすが!」と直接的な相槌で賞賛すればよいのです。
では、どんな風に「運が良かった」という相槌を使えばよいのでしょうか。
それは、「生来良い運を持っている」「一生、幸運に恵まれている、良い星のもとに生まれている」ということをほめることです。
「もっているね!」というニュアンスです。
「あなたは、もっているのよ!」
「良い星の下に生まれているね」
「いい運をもってますね」
とほめられることにより、天性の一生の幸運を評価されるので自己評価が高まるのです。
偶然の、一回だけのラッキーではなく、生来の、そしてこれから一生、ついてくる幸運をほめることがポイントです。
さらに、「運」をからめた相槌の応用編を紹介しておきましょう。
それは、「運命的」という相槌です。
運命的という言葉は、非常に重いので、そう簡単に使うわけにはいきませんが、強い印象を残すインパクトがある相槌だといえます。
決定的な時に、「これは、運命だよ!」と相槌を打たれると、結果を重く受け止め、喜びを噛み締めることができるのです。
ここぞというときには、この運命の相槌をつかってみましょう。
人間関係を一段、深いところに進める決め手となる相槌です。
特に、女性は幸運の星のもとや運命的出会いなど、運への帰属に関心が強いので、「運」相槌は、効果的といえるでしょう。
【最初から読む】「すごい!」一つで人間関係の悩みがスッキリ!
コミュニケーションを円滑にする相づちのテクニックが全5章で解説されています