「不妊治療の末に生まれた子を遺していくなんて...」ある卵巣がん末期の患者さんの「涙ながらの告白」

「やりたいけど、まあいいか...」いろいろなことを先延ばしにしがちなあなたに、生きるためのヒントをお届け。今回は、3500人以上のがん患者と向き合ってきた精神科医・清水研さんの著書『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(文響社)から、死と向き合う患者から医師が学んだ「後悔しない生き方」をご紹介します。

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先送りしていた人生の課題を解決する

人が「死」と向き合うには、死にまつわる問題を「死に至るまでの過程に対する恐怖」「自分がいなくなることによって生じる現実的な問題」「自分が消滅するという恐怖」の3つに分類すると整理しやすいと思っています。

その一つの「自分がいなくなることによって生じる現実的な問題」はどういうことかというと、「自分が死ぬと家族が経済的に困るのではないか」「仕事を完成しないままに死ぬときがやってきてしまうがどうしようか」など、様々な社会的な問題に関することです。

このような問題については、家族や職場の信頼できる人と相談しながら準備する必要があります。

中には、悔しくてしょうがないけれど、どうしてもあきらめなければならないこともあるでしょう。

しかし、この問題と直面することは、必ずしも負の側面だけではなくて、その人が先送りにしていた課題に取り組むようになるという正の側面もあります。

たとえば、過去仲たがいしていてその後連絡を絶っていた家族や友人との和解に取り組むなど、長年心に刺さっていたとげを、やっと抜こうとする方もいらっしゃいます。

先日、ある卵巣がん末期の患者さん(荒井真由美さん・仮名)のベッドサイドにお邪魔しました。

それまではあまりご自身のことを語りたがられず、「少し無理に明るく振る舞っていらっしゃるなあ」という印象を私は持っておりました。

多くの場合、荒井さんとは何気ない世間話をして、面談を終えることが多かったのですが、その日は少し深刻そうな表情をされていました。

いつもと様子が違ったので、「どうされたんですか?」と尋ねると、「実は心にひっかかっていることがあるんです」とおっしゃり、次のようなことを話しだされました。

「私には50歳の夫との間に、12歳の長男と8歳の次男がいるんです。次男は不妊治療の結果生まれた子で、ダウン症候群がありました。私はずっと『2人目の子供を望んだのは私のわがままだったのではないか?』という思いが拭い去れないんです。なので、次男は将来にわたって自分が世話をしてあげなければならないと思っていました。しかし、自分はがんになってしまい、次男の世話をすることはかなわなそうです。兄には重荷を背負わせ、弟はいばらの道を歩むことになってしまいました」と、最後は涙ぐみながら語られました。

不妊治療を始めたときのことを、私がさらに尋ねると、当時親しく付き合っていた家族には仲の良いきょうだいがいて、長男もひとりでは寂しいだろうからという思いもあったとのことでした。

そこで夫婦で話し合って、いろいろと悩んだ結果不妊治療を始めたという、当時の事情を詳しく語ってくれました。

私は荒井さんに、「不妊治療に通っておられる方は、みなさん様々な想いを持って治療を受けておられますよね。きょうだいを作ってあげようと、不妊治療を始める母親というのは、身勝手なのでしょうか」と尋ねました。

荒井さんは涙を浮かべ、「先生の言うことはわかります。それでも、自分を責めてしまうんです」とおっしゃいました。

私は荒井さんの気持ちに思いを馳せながら、「それで、お2人のお子さんはお母さんの病気のことをどう思われているのですか」と尋ねました。

荒井さんの答えは、「自分のやせた姿を子供に見せたらびっくりするのではないかと思い、最近は病院に来させていないんです」とのことだったので、「このままお子さんたちとは会わないつもりなのですか?」と尋ねると、少し考え込んでおられるようでした。

夫婦でお子さんのことを相談されたのか、その後しばらくして旦那さんが2人の子供を連れて荒井さんの面会にいらっしゃいました。

病室を訪れた子供たちは、兄はそれとなく弟を気遣い、弟は兄を頼りにしている様子で、荒井さんは「この子たちも成長したな......」と感じながら、やせた体で2人を抱きしめたそうです。

そのときに2人の男の子は母親との別れを悟ったのか、いつになく激しく泣きました。

また、帰り道には何度も何度も病院のほうを振り返っていたとのことでした。

その後何日かして私が荒井さんのベッドサイドにうかがったとき、こんなことを語られました。

「あの子たち、これからつらいこともあるでしょうけど、彼らなりに生きていくでしょう。私は彼らが弱いと思い込んでいましたが、それは勘違いでした」と。

どういうわけで荒井さんの心境が変わられたのか、私にはうまく説明できないところもあります。

しかし、長年できなかった2つのこと、つまり、子供たちを信じることと、自分を許すことに、荒井さんは亡くなられる前に取り組んだのです。

※事例紹介部分については、プライバシー保護のため、一部表現に配慮しています。なお、登場する方々のお名前は一部を除き、すべて仮名です。

【最初から読む】がん患者専門の精神科医が伝えたい「人生で一番大切なこと」

【まとめ読み】『もしも一年後、この世にいないとしたら。』記事リストはこちら!

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病気との向き合い方、死への考え方など、実際のがん患者の体験談を全5章で紹介されています

 

清水研(しみず・けん)

1971年生まれ。精神科医・医学博士。2006年から国立がんセンター(現、国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科勤務となる。現在、同病院精神腫瘍科長。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医を務める。

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『もしも一年後、この世にいないとしたら。』

(清水研/文響社)

3500人以上のがん患者と対話してきた精神科医が伝える死ぬときに後悔しない生き方をまとめた一冊。病気への不安や死の恐怖とどう向き合えばいいのか、実際の患者の体験談とともに紹介。人生の締切を意識すると明日を過ごし方が変わり、人生が豊かになります。

※この記事は『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(清水研/文響社)からの抜粋です。
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