人との距離を取る新しい暮らし方に慣れてきても、悩みが尽きないのが「人間関係」。これを円滑にできる方法の一つに「相槌対話法」というテクニックがあります。そこで、実践的な技術がまとめられた書籍『誰とでも会話が続く相づちのコツ』(齋藤勇/文響社)から、すぐにできる相づちの「さしすせそ」と「あいうえお」の使い方を連載形式でご紹介します。
会話の中で「ありがとう」が言えていますか?
相槌の「さしすせそ」という「基本コース」をマスターしたところで、人間関係をさらに深める「アドバンスコース」である、相槌の「あいうえお」を紹介します。
「あいうえお」の一番の「あ」は、ありがとうの「あ」です。
なかには、「ありがとう」というお礼が、相槌なのだろうか?と、疑問に思われる方もいるでしょう。
しかし、相槌は広く、深くとらえることで、人間関係を深める基本ツールになるとして提唱しています。
言うまでもなく、「ありがとう」という感謝の言葉は人間関係を良好にする最も大事な言葉の一つです。
この感謝の言葉を、相槌として活用する場合には、
「ありがとう」
「ありがとうございます」
の他に
「ありがたい!」
という言葉もあります。
たとえば、「それ、ありがたい話ですね」などです。
もともと感謝の表現のため、他の相槌よりも、人間関係を良くするのに効果的です。
それは、人間は常に、感謝を求める動物であるといえるからです。
人間は他の動物に比べ、格段に他の人を助けます。
子どもを助け、親を助け、仲間を助けます。
これを心理学では他利的行動といいます。
自分の身を犠牲にしてまで、人助けすることもあります。
人はそうした特徴的な「人を助ける欲求」を持っていますが、無意識に本能のおもむくままに他利的に行動をし、それだけで満足するというわけではありません。
もちろん、助ける行為は、相手を助けることにより終了し、助けたことにより満足感は得られます。
しかし、それだけでは満たされない心理があるのです。
助ける欲求は、助けた相手からの「ありがとう」「ありがとうございました」という感謝の言葉により最終的に満たされます。
逆にいうと、感謝されなかったら、腹を立て、憤りを感じる人も少なくありません。
このため、感謝されないことがわかっているとき、人は自己犠牲を払ってまで救助行動ができるかというと微妙なところです。
人間の特徴である救助欲求や協力欲求は、進化の過程で相手からの感謝により強化されてきたのです。
では、「ありがとうございます」や「ありがたい」を使うのはどんな場面でしょうか?
具体的には、相手から何らかの援助があったとき、協力があったときです。
何か仕事の依頼の打診があったときも最適です。
また、相手からいい話を聞いたと思ったとき、あるいはアドバイスを受けたときもです。
例えば、
「その話、いいですね。いい話、ありがとうございます」
「そのアドバイス、ありがたいですね」
そして、さらにつけ加えて、
「助かります」「助かりました」
を付け加えましょう。
すると、相手に、心から感謝していることが伝わります。
では、なぜ、相槌としての「ありがたい」が相手の心を深く打つのでしょうか。
ここでは前述したカーネギーの『人を動かす』を基に、解説を深めていきます。
カーネギーは、「人を動かすには、その人から好かれることであり、人から好かれるには、その人のもっている欲求を満たしてあげることだ」としています。
そして、人間の欲求として、次のような8つの欲求原則をあげています。
【8つの欲求原則】
1 健康と長寿の欲求
2 食欲
3 睡眠欲求
4 金銭欲求と物欲
5 生涯幸福欲求
6 性欲
7 子孫繁栄欲求
8 自己重要感の欲求
人はこれらの欲求を満たそうと日々、行動し、満たせないと不満をいだきます。
このなかで、一つだけ、自分一人では満たすのが難しい欲求があります。
それは、8番目の「自己重要感」を満たす欲求です。
自己重要感とは、自分を重要な人間だと感じたいという欲求です。
この欲求は、自分で勝手に「自分は重要だ」と思っても満たされるわけではありません。
なかには、そういう超自己愛的な人もいますが、例外です。
つまり、「あなたは、重要な人ですよ、社会的に価値のある大切な人ですよ」と周りの人から承認され、実際にそう言われないと、この欲求は充足されません。
そのため、人は常に自己重要感を満たしてくれる人、実際にほめてくれる人を求めているのです。
しかし、自分をほめてくれる人は、探しても、なかなか、見つからないのが現実です。
なぜならば、人は人をあまりほめないからです。
それはなぜかというと、人をほめると、自分が劣勢の立場になると考える人が少なくないからです。
また、ほめられるのと同様に自己重要感を満たすのが人からの感謝です。
しかし、感謝されるのは、ほめられるよりもさらに一層難しいのです。
人はなかなか、感謝しないものです。
ということは、当然、人はなかなか感謝されないということになります。
だから、感謝を求めても、満たされないのです。
だからこそ、あなたが「ありがたい」「感謝します」と言えば、その言葉が効くのです。
感謝の相槌を打たれたときは、単に、自分の特技や成績をほめられる評価の相槌とは心への響き方が違います。
二人の関係性が深められます。
つまり関係が深化するのです。
自分がしたことにより、相手は、助けられたということを表わしているからです。
自分は人助けをした善意の人であり、社会に貢献している人であると是認されたのです。
「ありがたい」の相槌は、相手からありがたいと思われる。
互恵的で相互の人間関係を深める珠玉の相槌なのです。
さて、「ありがたい」「助かります」という相槌を打つことをすすめていますが、この感謝の言葉を言うと、無意識のうちに、相手の人の心の中にも、あなたの心の中にも、人間関係を好転させる心理メカニズムが働くことが、対人心理学の法則で知られています。
ここのことをフェステンガーが提唱している「認知的不協和理論」で、この心理メカニズムを裏付けていきたいと思います。
「フェステンガーの理論」によれば、私たちの頭の中には様々な意見や感情、考えがあり、それらの一つ一つを「認知要素」といいます。
そして、これらの認知要素間の考えは、通常は一致しているか、似ているかであり、その協和状態は「心理的に安定している」といわれています。
しかし、人は生活しているなかで、さまざまな出来事や事件に巻き込まれ、それに伴い、いろんな意見や知識、感情や欲求をもつことになります。
そのため、認知要素がいつも協和状態で保たれ、心理的に安定している状況というのはあり得ません。
たとえば、スイーツは食べたいが、太りたくはないなどの、協和しないことが起こり得るのです。
これを、「不協和状態」と呼びます。
このような不協和が生じたとき、その不協和は不安定で不快なので、不協和を解消し、協和状態にしようと無意識の力が働くとされています。
感謝の相槌でいうと、相手の人から「ありがたい話です」「感謝しています」「助かります」と言われると、自分の援助やアドバイスが歓迎され、受け入れられたことが確認できるので、協和状態となり、心理的に「快」となって自己重要感は満たされます。
ところが、感謝の相槌がないと、不協和状態となり、不快感が生じ、それを解消するために、相手に嫌悪感をもつようになってしまいます。
さて、ここから感謝の相槌の実践トレーニングをしていきましょう。
具体的には、「ありがとうございます」「ありがたい」「助かります」が中心です。
これらは、基本の「さすが」「すごい」など前述の基本の相槌と異なり、使うシーンが限られています。
使う場面は、相手が自分のために何かしてくれたり、相手の提案について同意を求められたりしたときに限定されます。
その限られた場面で、すかさず感謝の相槌を打てるように、感謝の対象を広げ練習することを意識して進めましょう。
口にすることが少ないので、少々無理があるような場面でも、練習と思ってやることが重要です。
たとえば、
「天気になってよかったね」
と話が出たら、
「ありがたい、ですよね」
「電車、動きはじめたそうじゃないか」
「助かりますよね」
この場合の相槌は、相手に感謝をしているわけではないので、即好意をもたれるわけではありません。
しかし、このように使っていけば練習する回数は多くなり、感謝の相槌が口からスムーズに出るようになります。
また、このように感謝の相槌を打つ人に対して、言われた方は温かい感情をもち、「いい人だな」と思うようになり、好意をもつといえます。
悪い感情はもちません。
ぜひ、毎日練習を積んでいきましょう。
【最初から読む】「すごい!」一つで人間関係の悩みがスッキリ!
コミュニケーションを円滑にする相づちのテクニックが全5章で解説されています