大切な家族や友人の死は、その先の人生を左右するほどの深い悲しみに包まれます。そんなつらい体験が、「苦しいことだけでなく、人生で最も大切なことを教えてくれる」という聖心会シスター・鈴木秀子さんは、著書『死にゆく人にあなたができること』(あさ出版)の中で大切な人を幸せに送り出すためのヒントを教えてくれます。今回は同書から、死との向き合い方を気づかせてくれるエピソードを厳選してお届けします。
【前回から読む】壮絶な闘病生活から・・・小説家・遠藤周作の最期の日々
手と手を通して伝えられた最期のメッセージ
翌日の午後6時過ぎ、遠藤さんは息を引き取りました。
以前から遠藤さんは無意味な延命治療は望んでいないことを医師団にも伝えていたため、体から人工呼吸器が外されたのです。
担当医のひとりの若い医師が人工呼吸器のスイッチを切りました。
主治医の方が「人工呼吸器の余波が、あと5分くらいはございますから......」と言うと、順子夫人は、「このままの状態で死なせるのはかわいそうですから、管を全部抜いてください」とおっしゃり、遠藤さんの口や鼻に入れられていた管がすべて抜かれました。
そのときのことは今でも忘れません。
器械が外された瞬間、遠藤さんの顔がフワッと明るくなったのです。
頬に赤みが差し、顔色が明るくなりました。
穏やかな表情で、うれしそうに見えました。
そして、まるで体の中にある生命の源に火が灯ったように、体中からやわらかな光があふれ出しているように感じられたのです。
順子夫人は、しっかり遠藤さんの手を握っていました。
そのとき、じつは二人の間には目には見えない魂のつながりを証明するようなことが起きていました。
あとで私は何度も順子夫人から、その瞬間の様子を話していただきました。
以前に遠藤さんの著作から心に残る大切な言葉を選び出し、私が監修して出版した書籍『人生には何一つ無駄なものはない 幸せのための475の断章』(海竜社)から抜粋して掲載します。
──あのときに主人は、自分の手を通してはっきりと伝えてくれました。
これが言葉で伝え合えたならば、こうははっきり伝わらなかったでしょう。
手と手を通して、はっきりと主人は私にこう伝えてくれたのです。
いま自分は永遠の命に入った。
命はこの世で終わりではない。
これから永遠の命を至福の内に生きる。
母や兄と共に、これから永遠の命を生きていく。
そして自分はまた愛する人たちのなかにも生き続ける。
そういうメッセージをはっきりと受け取りました。──
順子夫人は、「俺はもう光のなかに入ったんだから、安心しろ」というメッセージをたしかに受け取ったと言います。
そのおかげで、「またすぐに会える」と、ごく自然に思えたと言います。
言葉を交わしていたならば、これほど鮮烈に遠藤さんの思いを感じ取ることはできなかったのではないか、ともおっしゃっていました。
死の間際、手から手へ伝えられた遠藤さんのメッセージのおかげで、順子夫人は「聖なるあきらめ」をもって執着を手放すことができたのだと思います。
ご遺体がお帰りになった遠藤さんのご自宅も、不思議な爽やかさと明るさに満ちていました。
小説家や編集者などの文壇関係者、俳優や女優などの映画制作関係者、その他多くの弔問客の方々がいらっしゃいましたが、不思議なことに涙を流しながら来られた弔問客のなかには、家に入り、遠藤さんのご遺体の前で祈りを捧げている間に何かの光やメッセージを感じられた人もいたようで、何人もの人が自分自身が変えられていく体験をしたと言っていました。
みな、悲しみを越え、癒され、晴れ晴れとした明るい表情で帰っていかれたのが印象的でした。
また順子夫人は、こんなこともおっしゃっていました。
──ほんとうに最期のときに、言葉以上の、あの苦しみをなめたからこそ伝わる、そう、手と手を通して伝わってくるあの大きなメッセージを私はもらったからこそ、こんなに明るく生きられます。
もう死は怖いものではなく、あの世に行く喜びが、私のなかにいまから始まっています。
それは主人の遠藤周作が、自分のなかに彼の命を残していってくれたからです。
また彼があの世で至福の内に永遠に生き続けているということを、その死の瞬間に、私に伝えてくれて、それを私が確信でき、そしてその喜びで生きられるからです。
この3年半の苦しみの意味はここにあったのです。
親しい方を亡くして苦しんでいる人たちに、私はこのことをぜひ伝え続けたいと思います。──
遠藤周作さんと順子夫人のお話は、私たちに、死は終わりではない、命というものはこの世だけで終わるのではなく永遠につながっている、そして、たとえ肉体が離れ離れになったとしても夫婦の絆は永遠に結ばれ続けていく、ということを、私たちに教えてくれるように感じます。
【最初から読む】「私が死んでも悲しまないで・・・」死にゆく教え子への祈り
死を受け入れる「聖なるあきらめ」、大切にしたい「仲良し時間」、幸せな看取りのための「死へのプロセス」など、カトリックのシスターが教える死の向き合い方