大切な家族や友人の死は、その先の人生を左右するほどの深い悲しみに包まれます。そんなつらい体験が、「苦しいことだけでなく、人生で最も大切なことを教えてくれる」という聖心会シスター・鈴木秀子さんは、著書『死にゆく人にあなたができること』(あさ出版)の中で大切な人を幸せに送り出すためのヒントを教えてくれます。今回は同書から、死との向き合い方を気づかせてくれるエピソードを厳選してお届けします。
【最初から読む】「私が死んでも悲しまないで・・・」死にゆく教え子への祈り
残された者へのメッセージ
死にゆく人の多くは、自分の死が迫っていることを自然に感じていくものです。
そうしたとき、家族などの「死んでほしくない」という願いがあまりに強いと、大切な家族を悲しませたくないという思いとの間で苦しんでしまうことがあります。
奈緒子さんの場合は前もって、家族以外の第三者である私に自分の家族への思いを打ち明けることができたので、やすらかな最期を迎えることができたのだと思います。
そして、家族のみなさん一人ひとりが心の葛藤を乗り越えて、それぞれの思いを最後に奈緒子さんに伝えるという「別れの儀式」を行なうことができたのは、とてもすばらしいことでした。
なぜなら、残される人たちは別れの時間をもつことで現実をしっかりと受け止めることができ、その先の人生を生きていくための決意ができるからです。
私は亜沙子さんに、奈緒子さんの最期のメッセージを家族のみなさんに伝えてほしいこと、悲しみを我慢せず思い切り泣いてほしいこと、できるだけのことはしたのだから、自分を責めたり、後悔しないようにとお話ししました。
そして、もちろん悲しみは簡単に癒えるものではないけれど、残された家族みんなで力を合わせて、幸せになることを決意してほしいと伝えました。
一週間後、亜沙子さんと奈緒子さんの長女のMさんが私を訪ねて来てくれました。
二人とも葬儀などで慌ただしい時間を過ごしたと思いますが元気そうで、晴れやかな顔をしていたことで私は安心しました。
Mさんは澄んだ目で私を見つめながら、こんなことを話してくれました。
「母の死は、大きな意味とメッセージを残してくれました。私は芸術の世界で生きていきたいと考えています。そのためには結婚はしないほうがいいのだろうとも考えていました。でも母の最期を看取って、家族のすばらしさと大切さにあらためて気づいたのです。母はどう思っていたのか、今となってはわかりませんが、いつか私はいい人と出会えたら、結婚して家族をもちたいと思っています」
Mさんは大切な母の死によって人生観が大きく変わりました。
Mさんの話を聞きながら、私は彼女の中で母である奈緒子さんが確かに生き続けていることを感じていました。
奈緒子さんの死は私たちに大切なものを残してくれました。
死は、けっしてすべての終わりではないことをあらためて教えてもらったことに感謝し、私は心の中で奈緒子さんに「ありがとう」とつぶやいたのでした。
【最初から読む】「私が死んでも悲しまないで・・・」死にゆく教え子への祈り
死を受け入れる「聖なるあきらめ」、大切にしたい「仲良し時間」、幸せな看取りのための「死へのプロセス」など、カトリックのシスターが教える死の向き合い方